(7) (だめだッ、佳菜! 言っちゃダメだよっ)
「んんっ、あぁぁっ……の、ノブくん……?!」
熔けそうな心に愛する人の声が届いた。
目の前の人ではなかった。窓の外、死人の群れからでもない。
どこから? ノブくん、どこにいるの?
わたしは乳首とクリトリスを刺激されて、子宮まで揺らされながらも目だけを左右に走らせた。
(佳菜に辛い思いをさせてごめん。でも川上先輩、いや、川上の言葉に従ったりしたらいけないよ。
君が彼の愛に従ったその時、僕だけじゃない。佳菜、君までもがその肉体を失うことになるんだ。
あいつはそれを知ってて……)
耳を澄ませても聞こえない。
細くて途切れそうな声で、まるで月の光に掻き消されているお星様みたいで。
(ちょっと待ってよ。ノブくんは今どこにいるの?
身体を乗っ取られて、どこから話しかけているの?
佳菜、会いたい。会って本当のあなたの顔を見たいの。あなたの本当の肌に触れたいの。
そうでないとわたし……)
(佳菜、負けちゃだめだ。気をしっかり持つんだ。
肉体を奪われても僕は君の傍にいる。佳菜が僕を助けようとして身体を差し出したときも、ずっと隣に寄り添って泣いていたんだ。
悔しくて川上が憎くて、不甲斐無い自分も憎くて、でも僕にはどうすることもできなくて……)
(ううん、ノブくんは……あの男に騙されていただけ。だから自分を責めないで)
「おい、佳菜ぁ。どうしたんだい? 早く言いなよ『はるひこさん、愛してる』って。
それともまだ刺激して欲しいわけぇ? だったら気が狂うくらい責めてあげてもいいんだよぉ」
グニュグニュ、グチュウゥッッ……グチュグチュゥゥッ……
「はあっ……ふあぁぁっ、ひっくぅ……わぁ、わたしは負けないぃ、負けないんだからぁぁっ」
右指が佳菜の乳房を鷲掴みにする。
指先が乳首を捻りつぶして真ん中に爪先を押し立てくる。
左指が佳菜のクリトリスを引っ張った。
皮を引き剥かれてビンビン弾かれて、こっちも抓られた。思いっきり。
同時に、腰をバンバン打ち付けてきた。
骨盤が軋むくらいの勢いでぶつけては、子宮の中まで揺らせた。
デリケートな膣の壁が削り取られていく。
「ふふふっ、驚いたねぇ。ここまで来てまだ抵抗するとは。
でも俺は好きだよぉ。そんな勝気な女の子がねぇ」
「ンウゥゥッ……アグ、クゥゥゥゥッ! ならないッ、なら……くはッ……ないんだからぁっ」
全身を感電死するくらいの刺激が駆け廻ってる。
無抵抗な両腕をバタバタさせて、背骨が折れるくらい背中を反らせて……
舌を突き出して酸欠のお魚さんみたいにパクパクさせても、わたしは負けない。
佳菜は絶対に屈したりしないんだから。
「不愉快だねぇ。その表情」
初めて目にする憎悪に満ちた男の顔。余裕を失ったその表情。
わたしの身体を貫きながら、両眼を血走らせて眉毛を吊り上げて、ノブくんの仮面が外れ掛っている。
「んんっ、あぅぅっ……はあっ、はあっ、か、可哀そうな人…ね。あなたって……ひぎぃぃぃぃっっ!」
窓の外では死人たちがざわついている。
互いの顔を潰し合いながら、周辺から青白い炎が燃え尽きていく。
絶望と希望……
相反する心のせめぎ合いが、わたしから力を奪い、男の精神力さえ中和していく。
「あっああっ?! な、なんだぁ? どうなってぇっ?」
そして、腰の動きが止まった。
膣の中で破裂寸前の肉の棒を残して、わたしを感じさせていた10本の指が停止する。
(今だ。佳菜! 逃げてっ、ドアを開いて外へ!)
ノブくんが叫んだ。
わたしも「エイッ」って叫ぶと、残る力を振り絞って男をはねのける。
ドアを開いた。裸のままアスファルトの上に身体を投げ出した。
「うっうぅぅっ。か、佳菜ぁっ……あっあぁぁぁ」
車内から情けない声がして、ダークグレイのシートに白い放物線が描かれていく。
ヌメヌメと光った肉の先端から、いつまでも虚しい射精が続いている。
(走るんだ、佳菜!)
(ノブくんは、ノブくんはどうなるの?)
わたしは振り向いた。わたしと同じ全裸のまま車外へと身を乗り出す男。
その身体に視線を合わせて……
(大丈夫だよ、佳菜。僕は死なない。
だから、信じて。僕を信じて目の前のダムに飛び込むんだ。早く!)
「か、佳菜ぁ……待ってぇ……俺とぉ、俺にその身体を……」
月が山の稜線に姿を消し、青白い光が消えた。
掻き消されていた星々の輝きが力を取り戻し、比例するように男の動きが鈍くなっていく。
わたしは僅かに残った人魂を払いのけながら、水面へと走った。
怖くなんかない。佳菜はノブくんと一緒なんだから。
「ノブくん、佳菜はあなたのことを愛してる! だから一緒に……」
ドボンッ!
宝石箱のように煌く水の中へと落ちていった。
ノブくんを信じて。
もう一度ノブくんと一緒になれることを夢見て……
バーンッ! ヒュルヒュルヒュル……バーン、パァーン!
色鮮やかな光の花が何発も空に浮かんでは消えていく。
わたしはノブくんの手を握り締めて立っていた。
人ごみからちょっと離れた土手の上で、水面に映る花火を見つめながら並んで立っていた。
そして打ち上がる花火の音に紛れさせて囁いた。
「か、佳菜……ノブくんとなら……して……いいよ」
「佳菜……」
お互いギュッと手のひらに力を入れた。
肩と肩をひっつけた。
「ただし、初めてなんだから綺麗なホテルだよ。
間違っても、車の中でカー……カーセックスなんてイヤだからね」
「うん。わかってる。実はホテルの予約も取っているんだ。この日のためにね」
「ホントぉ?! もう、ノブくんったら。エッチなんだから。
でも、うれしい。佳菜、とっても幸せ♪」
ふたりの人生を祝うかのように、いなか町の花火大会はフィナーレを迎える。
その夜空に青白い月の光はなかった。
あるのは満天の星々の輝きだけ。
わたしとノブくんが、会社の先輩『川上春彦』の自殺を知ったのは、高級ホテルでの幸せな一夜を明かした後。その翌日のことだった。
『 水面に咲く花火 完 』※ 長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
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