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悪魔の集う家  登場人物紹介






















【登場人物 紹介】



          市川遥香(いちかわ はるか)

        本作品のメインヒロイン 17才  処女
        女手一つで育ててくれた母親が病気で他界し、弟の孝太と共におじ夫婦
        の養子として引き取られることになる。
        父親を早くに亡くしていることもあり、仕事で忙しい母親に代わって料
        理、洗濯などもこなす健気な美少女。
        目の見えない弟のことをいつも気にかけて見守っている。


          市川孝太(いちかわ こうた)

        遥香の弟。生まれつき目が見えない。
        姉の遥香には『孝ちゃん』と呼ばれ可愛がられているが、目は見えない
        なりに遥香を助けようと懸命な一面も。
        基本的には冷静沈着な性格。


          前田弥生(まえだ やよい)

        本作品のヒロイン 20才  非処女
        遥香と孝太が暮らすことになる市川家で、妹の皐月と共にメイドとして
        雇われている。
        ショートカットの髪が似会う、モデル並みの体型をした美人。
        表向きの仕事は、市川家での家事全般となっているが、その裏では……


          前田皐月(まえだ さつき)

        本作品のヒロイン 17才 非処女
        市川家で、姉の弥生と共にメイドとして雇われている。
        小柄な体型がマッチした美少女で、表向きの仕事は弥生と同様で市川家
        での家事全般をこなしている。


          市川重吉(いちかわ しげきち)

        市川家の当主。年令は50代半ば。
        遥香の父親の義兄にあたり、母親を亡くした彼女達を養子として迎え入
        れている。
        小太りな体型から温和な印象を受けるが、その性格は妻の千鶴子と並ん
        で根っからのサディストである。


          市川千津子(いちかわ ちずこ)

        重吉の妻で、年令は50代を過ぎたあたり。遥香の父親の姉にあたる。
        夫に比べグラマラスな体型をしているが、その性格は夫より残虐とも。
        相当なサディストであり、ヒロイン達に難癖を付けては鞭で打ち据える
        ことも。


          市川和志(いちかわ かずし)

        重吉、千津子の息子で、20才になる青年。遥香と孝太の義兄。
        前髪をすだれのように垂らした髪型で、優柔不断な性格。


          今川

        市川家の使用人をしている男。
        浅黒い肌をした不気味な男で、遥香と孝太の大きな決断に関わってくる。






柔肌に刻まれる鞭痕






















【第1話】


        
        そこは薄暗くて風通しの悪い所だった。
        四方をレンガの壁で囲まれたその部屋は、身体の芯から凍える冷気も感
        じた。
        地下室だろうか? すえたカビ臭い匂いも漂っている。

        そんな密封された空間に、男が1人と女が3人いた。
        初老に差し掛かった唯一の男は、醜く突き出した腹を覆うように吊りバ
        ンドのズボンを履いていた。
        上半身は、細いストライプ模様のワイシャツ。スーツの上着は身に着け
        ていない。

        女の方はというと、初老の男とは対照的な出で立ちをしている。
        男より幾分若い感のある年増の女は、煽情的な赤色をしたビキニタイプ
        の水着姿を晒していた。
        その年齢にしては、いささか不釣り合いな光沢のある水着を肌に喰い込
        ませた姿は、SMクラブに君臨するマダムといったところか。

        だが残り二人の女は、この夫婦ともとれる男女より相当若かった。
        スラリとしたモデル体型の女は、20才を過ぎたあたり。
        第二次性徴真っ盛りといった思春期独特の硬さを持つもう一人の女は、
        言葉の示す通り10代後半が妥当だろう。
        しかし、彼女達二人はなんの衣装も身に着けていない。
        瑞々しい肢体を余すことなく晒しているのだ。女の象徴である部分も全
        て、隠すこともままならずに。

        「あなた、そろそろ始めてもいいかしら?」

        「ああ、好きにして構わんさ。お前は、皐月で愉しむがいい。俺は弥生
        で遊ばせてもらうとするか」

        年増な女は、化粧っ気の強い顔を吊りバンドの男に寄せた。
        男はその女の頬を軽く撫でると、もう片方の手に握り締めた乗馬鞭で空
        気を鳴らした。

        ビュンっと風を切る音がして、それを見た10代の少女皐月は顔を引き
        つらせた。
        もう一人の弥生と呼ばれた少女は、唇を噛んだまま顔を伏せている。

        けれども、彼女達は逃げられない。
        恐怖が目の前に迫っているのに、この部屋からは逃れられないのである。

        「皐月、深呼吸しなさい。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢するの
        よ」

        「うん、弥生お姉ちゃん。アタシは平気だから。泣き顔を見せたりした
        ら、この人達をもっと悦ばせるだけだから」

        両手首に鋼鉄製の手枷を嵌められたまま、二人の少女は壁に繋がれてい
        た。
        いや、手首だけではない。
        両足首にも同じ枷を嵌められた状態で、大きく股を開かされているのだ。
        淡い翳りの下に走る乙女の亀裂をすべて晒したまま。

        「ふふふっ、使用人の分際でいい面構えをしている。弥生、いい声で鳴
        いて妹の手本になるんだな」

        びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!

        「ギィッッ! ヒギィィィッッッ!!」

        風を断ち切るムチの音と共に、少女が鳴いた。
        淀んだ空気を切り裂く高い音色に負けない勢いで、弥生は絶叫するとと
        もに、豊満な乳房を波打たせていた。

        「お、お姉ちゃんっ!」

        「んぐっ……はあぁぁ……大丈夫だから、皐月」

        汗でしっとりと濡れた弥生の双乳には、斜めに横切るように鮮血の帯が
        刻まれていた。
        その傷口からは、少女の涙の代弁をするかのように赤い涙が滴り落ちて
        いる。

        「皐月、今度はあなたの番よ。お姉さんを見習って可愛く泣き叫びなさ
        い!」

        びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!

        「ヒ、グッッ! ングウゥゥゥゥッッ!!」

        年増の女のムチは、弥生の乳房と寸分違わぬ処を打ちのめしていた。
        未発達な乳肉がその瞬間だけ無残にへこみ、残酷なムチ痕を少女の肌に
        植え付ける。
        そして襲い掛る、肉を引き裂かれたような激痛。

        「はははっ、同じ姉妹でも声の高さは違うものだな」

        「ええ、そうね。でも喉が嗄れるほど鳴かせたら、同じ声になるんじゃ
        なくて」

        「それもそうだな。一晩中この鞭で嬲ってやれば、千津子、お前の言う
        通りだ。ほれ、もっと鳴け!」

        びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!

        「アグウゥゥゥッッッ! ヒグゥゥッッ!」

        「皐月もだよ!」

        びゅいぃんんッッ! ピシィィッッ!!

        「ンアァッッ! 太腿……がぁッ……裂けちゃうぅぅッッ!!」

        乳房を打たれ、肩を打たれ、脇腹を打たれ、縦向きのヘソをクロスさせ
        るように横溝を刻まれ、ムチ痕が次第に下腹部へと移動する。
        やがて、剥き出しにされた女の部分にムチの切っ先が打ち込まれた時、
        二人の少女は同時に声を上げた。
        年増の女の予言通りに、嗄れた喉を震わせて……





     
        お母さんが亡くなった。
        わたしと弟の孝太の大切なお母さんが、病気で死んじゃった。

        アルコールの匂いに染まったベッドから、やせ細って骨と皮になった手
        を伸ばして、すがりつくわたしと孝太に「ごめんね」って、何度も何度
        も謝ってくれたのに。
        今は、その声だって聞くことが出来なくなっちゃった。

        「それでは、これより火葬いたします。喪主の方はこちらへ」

        紺色のスーツを着た七三分けの職員の人が、制服姿のわたしを呼んだ。

        「孝ちゃん、いこ」

        わたしは目の不自由な孝太の手を取ると、丸い緑のボタンに指を乗せた。
        孝太と一緒に。

        「では、喪主の方。ボタンをお押しください」

        丁寧だけど感情のこもっていない職員さんの声が聞こえて、わたしは息
        を止めた。
        両目を閉じたままの孝太も、ほっぺたのお肉を噛みながら唇を真一文字
        に結んだ。

        「さようなら、お母さん……」

        (いままで、ありがとう)

        まだ押さないでって、遥香の心が泣いて頼んでいるのに、わたしは指先
        に力を込めた。
        横で見ている職員さんのように感情を消して、冷酷な鬼女を気取って、
        力のない孝太の指を押さえ込んでいた。わたしの指で。

        バチチッって点火する音が聞こえた。
        ゴォーッって炎が燃え広がる音も聞こえた。

        でもわたしは泣かない。
        涙も零したりしない。

        お母さんの心臓が止まった夜に、涙が枯れるまで泣いたから。
        それにわたしは、お母さんの身体に火を付けた鬼女だから。
        それにそれに、わたしと孝太の後ろに立って両手を合わせている二人連
        れがいるから。
        わたしと孝太のおじさんとおばさんなのに、目を閉じながら心の中で薄
        ら笑いを浮かべているひどい人達だから。

        そう、だからわたしは……河合遥香は、泣かないの。
        絶対に泣くもんですか!
        孝太が隣でしくしく泣いてても。







新しい家






















【第2話】


        
        1ヶ月後、わたしと孝太の名字が変わった。
        河合遥香から、市川遥香に。河合孝太から、市川孝太に。
        そして、家族も変わった。
        幼い頃から母子家庭で、お母さんとわたし、それに孝太の3人家族だっ
        たのに、お母さんが消えて市川のおじさんがお義父さんに、市川のおば
        さんがお義母さんになった。
        それに会ったことはないけど、和志っていう名の大学生のお兄さんまで。

        大好きだった友達ともお別れした。
        親切にしてくれた近所の人達ともお別れした。
        お母さんに勧められて入学した高校も退学させられた。
        そして、孝太と二人でローカル電車に乗って、半日に1本しかないバス
        になんとか飛び乗って、3時間以上揺られて、やっと辿り着いたのは、
        周囲を高い山で囲まれた暗い雰囲気の漂う田舎町だった。

        「市川重吉……」

        わたしは大きな旅行カバンを両手にぶら下げて、大理石で作られた表札
        を見上げた。
        山と山に挟まれて寄り添うように集まった家々は、慎ましいというか、
        なんというか……
        お世辞にも立派なものじゃないのに、わたしの前にそびえ立つ建物だけ
        は、他のどの建物よりも重々しくて巨大で、威圧感たっぷりに見える。
        そう、まるで時代劇に登場する悪いお代官様の屋敷みたいに。

        「お姉ちゃん、僕……なんだか怖い」

        孝太がカバンを持ったわたしの腕にしがみ付いてきた。

        この子は目が見えないのに気付いているんだ。
        この屋敷から流れてくる嫌な風に。

        「大丈夫よ、孝ちゃん。お姉ちゃんが付いているからね」

        これ以上、孝太を怖がらせてはいけない。
        わたしはそう思って明るい声で話しかけると、先端が槍のように尖った
        鋼鉄製の門を開けた。
        鉛色の空と一緒で、憂鬱な雰囲気を漂わせているわたし達の新しいお家
        を目指して歩いた。
        背中で、開け放たれた門が静かに閉じるのを感じながら。



        「ふんっ、ずいぶんと遅かったじゃないか。こんな時間まで何をしてた
        んだい?」

        玄関で孝太と一緒に「これからもお世話になります」って、頭を下げた
        わたし達に向かって、お義母さんの言葉はものすごく刺々しかった。
        『よく来たわね』とか『さあ、上がりなさい』とか、そんな温かい言葉
        は期待していない。だけど、せっかく同じ家で暮らすんだから、普通の
        会話くらい……

        それも期待した遥香が、まだまだ甘いのかな?

        「おまけに、なんだいその荷物は? どうせまた、ガラクタでも詰め込
        んで来たんじゃないだろうね。うちはゴミ屋敷じゃないんだからね。も
        しツマラナイモノが入ってたら、すぐに捨てさせてもらうよ」

        そう口にしたお義母さんの目はウンザリといった感じで、わたしがぶら
        下げた旅行カバンに目を落としている。

        新しいお家に引っ越すんだから、本当はもっと持って来たかったのに、
        お母さんの思い出が詰まった家具とかはおじさんに全部処分された。
        お母さんが着ていた洋服とか着物は全部、おばさんが生ごみと一緒に捨
        てちゃった。
        残されたほんのちょっぴりの想い出を掻き集めてカバンに詰めただけな
        のに、これでもダメなのかな。

        「弥生、ちょっとこっちへ」

        わたし達が玄関にいることさえも目障りといった感じで、お義母さんは
        こっちを横目で睨みながら廊下の奥へ声を掛けた。

        因みにお義母さんの名前は千津子といって、お父さんのお姉さんにあた
        る人。
        年令は、わたしのお母さんより確か年上だったと思う。
        でも白髪もないし、肌がピンと張っているからホントの年よりも若々し
        く見える。
        美人というほどでもないけど、整った顔立ちで綺麗な人だと思う。

        「お呼びでしょうか? 奥様」

        そんなお義母さんの隣に姿を現したのは、エプロンを身に着けた若い女
        の人だった。
        呼ばれて慌てて来たのかな?
        汗ばんだ額に髪の毛が貼り付いているけど、ショートカットの髪型が似
        会うすごく美人なお姉さん。
        女の子の遥香が言うのも変だけど、同性でもうっとりしちゃうほどスタ
        イルも素敵。
        まるでファッションモデルさんみたい。

        だけど、弥生って呼ばれたお姉さんは、その美形を自慢したいのかな?
        服装は、とっても大胆だった。
        身体を覆うようにエプロンは着けているけど、そこから伸びる手足は素
        肌を覗かせたまま。
        ノースリーブにミニスカート? 
        それともホットパンツを履いているの?
        綺麗な撫で肩は全部露出させてるし、太股の付け根までしかないエプロ
        ンからは、ピチピチのお肌を覗かせている。

        「弥生、皐月はまだあの人と?」

        「えっ……あ、はい……そうみたいです」

        お義母さんは、少し苛立った感じで弥生さんに聞いた。
        弥生さんはというと、ほんのりと桜色だった顔色を急に真っ赤にさせて
        曖昧に返事をしている。
        時々、わたしと孝太に視線を向けて恥じらうようにしながら。

        「まあ、いいわ。それよりも弥生、この子達を部屋まで案内なさい。あ
        あ、荷物は持たなくていいから」

        伸ばし掛けた弥生さんの手を、お義母さんが止めた。
        その途端、弥生さんがとっても哀しい目をして、それを眺めているお義
        母さんが薄く笑った。

        「ほら、さっさと案内するんだよ」

        「では……こちらへ……」

        唇を辛そうに動かした弥生さんは、切れ長の目を床に落としていた。
        額に滲んでいた汗を玉のような大粒に変化させて、唇まで噛み締めてい
        た。

        そんなに部屋まで案内することって大変なことなの?
        分からない……よく分からないけど、遥香の女の子が嫌な予感を感じて
        ……

        「あっ! う、嘘……?!」

        「どうしたの? お姉ちゃん」

        わたしは思わず声を漏らして、隣にいた孝太が顔を向けた。
        お義母さんが低い声で笑って、最後に絞り出すような声で弥生さんが……
        「気にしないで……お願い……」って……







義母の本性






















【第3話】


        
        わたしの目に映ったのは、美しい背中のラインだった。
        ちょっと視線をずらせて、女性らしい曲線を描いた羨ましすぎるお尻も。

        そう、弥生さんはエプロン以外なにも身に着けていなかった。
        ノースリーブも、ミニスカートも、ブラだって、パンツだって。

        これだけでも、息が止まるほど驚けると思う。
        だけど一緒になって飛び込んできたのは、心臓が凍るほど痛々しい姿だ
        った。

        「ん、どうかしたのかい? 遥香。なんか顔色が悪いようだね」

        お義母さんが薄ら笑いを浮かべたまま覗き込んでくる。
        わたしの目が、弥生さんの後ろ姿に釘付けなのは知っているのに、白々
        しい物言いで訊いてくる。

        「……い、いえ……なんでも」

        「そうかい、なんでもないのかい。てっきりアタシは、弥生の肌を見て
        気分でも悪くしたのかと思っちまったよ」

        目を伏せたまま、わたしは声を絞り出して答えていた。
        ピカピカに磨きあげられた床を見ている筈なのに、その目線をぼやけさ
        せたまま。

        縦にも横にも斜めにも走っている、無数の傷痕。
        美しい背中のラインにも、大人の女性らしく盛り上がったお尻にも、弥
        生さんの真っ白な肌を裂くように刻み込まれた赤黒くて生々しいそれが、
        霞んだ視界の中で延々と再現されている。

        「奥様……あの……」

        「ちっ、弥生は黙ってな。遥香、お前には教えといてあげるよ。この女
        は使用人の分際で反抗癖が直らなくてね、それで妹と一緒にお仕置きし
        てやったのさ。
        あの人と一緒に一晩中、鞭打ちの刑ってやつ。その傷はすべて鞭で打た
        れた痕さ。どうだい、綺麗な網目模様になってるだろう? なんなら前
        の方も見せてやろうか。オマ○コの肉まで、念入りに打ちのめしてやっ
        たからね」

        怖ろしいことを平然と言ってのけたお義母さんは、その手を弥生さんの
        エプロンへと伸ばした。
        太股の真ん中で揺れている裾を指で掴んで……

        「こ、孝ちゃん……行くわよ!」

        わたしは、目を床に落としたまま孝太に声を掛けた。
        初めて訪れた所だから、勝手なんか全然知らないのにズンズンと奥へ向
        かって歩いていた。
        悲惨な姿を晒している弥生さんを置いてけぼりにして、背筋まで凍りそ
        うなお義母さんから少しでも離れたくて。
        両腕が痛ダルになりそうな旅行カバンをブンブン振って、ワンピースの
        裾が捲れるくらいに大股で。



        「ちょっと待って、お待ちになってください」

        背中から声がする。
        わたしは振り向くのも怖くて、孝太にカバンごと身体を押し付けて立ち
        止まった。

        「先ほどは失礼しました。ここからは私がご案内いたします」

        廊下と廊下がクロスしたまるで十字路のような所で、弥生さんはわたし
        を追い抜いた。
        そして一番薄暗い通路を選択すると、わたしと孝太に軽く目をやってか
        ら歩き始めた。
        さっきの出来事がウソだったように両手を前で組んだまま。
        モデルさんのようなスタイルで、モデルさんのように姿勢を正して。
        でも、正視だけない傷痕が残る背中やお尻を全部覗かせたまま。

        わたしと孝太は押し黙ったまま、弥生さんの後ろを付いていった。
        お昼までも明りがないと無理みたいな暗い階段を昇って、1階と同じ
        延々と続く長い廊下をよそ見もせずにひたすら歩いて、これ以上進めな
        い突き当たりに辿り着くと、弥生さんの足が止まった。

        「……鬼がいる」

        閉じられたままだった唇が開いていた。
        わたしは行き止まりになった壁を見上げていた。

        大きな鬼の面が飾ってある。
        頭に2本の角が生えた真っ赤な顔をした鬼が、わたしと孝太を見下ろし
        て尖った牙を見せつけながら口を大きく開けている。

        「向かって右手が遥香様のお部屋に、そして左手が孝太様のお部屋でご
        ざいます」

        弥生さんは、わたしの声には答えずに淡々と説明すると、左右向かい合
        わせに設置されたドアを引いた。
        恭しくお辞儀までしてみせる。

        「では、私はこれで失礼します」

        そして、わたしと孝太を置いて去って行った。
        足早に、モデルさんのようなスタイルのまま。だけどモデルさんらしく
        ないほど内股で、後ろ姿にも恥じらいを浮かべて。

        「弥生さんって人、行っちゃったみたいだね」

        「うん、行ったよ」

        白い肌が小さくなって、やがて消えた。
        わたしはカバンを足元に置くと、孝太の胸元に両腕を回して抱き締めて
        いた。

        「お姉ちゃん……?」

        「孝ちゃん、驚かせてごめんね。でも、もう少しの間このままでいさせ
        て」

        怖いの。震えが止まらないの。
        見たモノ聞いたモノすべてが怖ろしくて、それにとっても心細いの。
        遥香は孝太のお姉さんだから、しっかりとしないといけないのに。
        孝太を守ってあげないといけないのに。

        わたしは孝太をギュッとして、孝太の肩に顔を乗せて、孝太の匂いを嗅
        いでいた。
        子犬のように鼻を鳴らして、微かな思い出になったお母さんの香りを探
        した。
        背中の上から目を剥いた鬼に睨まれたまま。









生娘の証明






















【第4話】


        
        その部屋は寂しすぎるくらい何もない部屋だった。
        鉛色の空を映す小さな窓以外に有るのは、ひとりで寝るのにも窮屈そう
        なベッドと、寄り添うように置かれた傷の目立つサイドテーブルだけ。
        遥香は女の子なのに、姿身用の鏡もなければタンスもない。
        テレビもなければ、孝太が好きだったラジオも、当然見当たらない。

        わたしは持って来たカバンを壁際に寄せると、膝を抱えるようにして三
        角座りをした。
        山際で北向きだから湿っぽくて肌寒い空気を肌で感じながら、それでも
        緊張してたのかな?
        疲れがどっと押し寄せてきて、パートナーの睡魔さんが手招きをしてい
        る。

        ちょっとお行儀が悪いけど、このままでオヤスミなさい。
        股がだらしなく開いてパンツが見えたって、孝太の他に誰もいないし、
        孝太はそんなこと気にしないから。



        「遥香様、孝太様。奥様がお呼びです」

        どのくらいお昼寝してたのかな?
        部屋の中まで闇色に染まり始めた頃、弥生さんの呼ぶ声にわたしは目を
        覚ました。
        孝太も寝てたんだ。
        その声に目を擦りながら立ち上がると、わたしの元へ近寄ってきた。

        「浴室の方で奥様がお待ちになっております。こちらです」

        「お風呂場で? あ、ちょっと待ってください。着替えを準備するので」

        「いえ、それには及びません。奥様のお言いつけは、ただ連れて来るよ
        うに。それだけでしたので」

        弥生さんは、さっきと一緒。淡々とした抑揚のない声で説明すると、わ
        たしと孝太に目配せして歩き始めた。

        「孝ちゃん、こっちよ」

        わたしは孝太の手を握ると、はるか前を行く弥生さんを追った。
        傷ついたお尻を晒したまま平然と歩く弥生さんを見失わないように、歩
        幅のストライドを拡げた。

        「奥様、遥香様と孝太様をお連れしました」

        まるで旅館の浴場のように広い脱衣場で、お義母さんは待ち構えていた。
        湯上りってわけではなさそう。
        玄関で会った時と同じ服装をして、濃い目のメイクもばっちり決まって
        いるもの。

        「弥生、お前は下がっていいよ。ああ、そうだ。後の段取りは分かって
        いるね?」

        「はい、奥様。仰せのままに」

        脱衣場の入り口で、弥生さんは深々と腰を曲げた。
        そして、なぜなの?
        わたしに向けて、申し訳なさそうな目をすると逃げ去るように姿を消し
        た。

        「ふふふっ、こうして見るとやっぱり姉弟だね。目元や鼻筋なんてそっ
        くりじゃないか。死んだ母親にでも似たのかい? 弟の遺伝はまるで継
        いでなさそうだけどね」

        顔は笑っているけど、声はゾッとするほど冷たく感じた。
        お義母さんは、その表情のままでゆっくりと近付くと、わたしのアゴに
        手を掛けた。
        下から持ち上げるようにして、天井を向かせる。

        「ふんっ! 可愛い顔をしているけど、今までに何人の男を咥え込んだ
        んだい。その唇と、下の唇でさ」

        「んぐ……あぁ、苦しい。お、お義母さん……やめてください」

        「止めてだって? あたしはアンタの母親なんだよ。母親が娘の男関係
        を訊いてどこが悪いのさ」

        「そ、そんな……ありません。わたしは……んん、男の人と付き合った
        りしていません」

        息苦しかった。人差し指と親指が下アゴにに喰い込んで痛かった。
        わたしは解放されたい一心で、唇を動かしていた。
        隣に孝太がいてブルブルと怯えているのに、何もしてやれないまま惨め
        な告白をさせられた。

        「そうかい、付き合ったことはないのかい。ということはまだ生娘って
        ことだね。それじゃ、服を脱いでそれを証明してもらおうじゃないか? 
        母親のアタシの前でね」

        「で、出来ません。そんな……恥ずかしいです」

        ようやく指を放してくれたお義母さんの信じられない言葉に、わたしの
        両目が大きく開かれる。
        弱々しく口答えして、弱々しく首を振ってみせる。

        「お姉ちゃんに、なにもしないで……うわぁっ!」

        そんな中、わたしの危機を察した孝太が、声のする方へ腕を伸ばしてい
        た。
        でもその瞬間、水色のシャツに包まれた華奢な身体が後ろ向きに倒れて
        いく。
        わたしの隣から孝太が消えた。

        孝太は目が見えないのに、お義母さんがその胸を押して突き倒していた。

        「痛いっ! ううっ……」

        「孝ちゃんっ! 大丈夫? ひどい、なんてことを!」

        堅い床にお尻を打ちつけて、孝太が息苦しそうに呻いている。
        わたしはしゃがみ込んで孝太の背中に手を回すと、お義母さんを睨んだ。
        お義母さんの顔をした悪魔に向かって、キッとした目を向ける。

        「ふんっ、その目はなんだい。まったく姉弟揃って不愉快だね、アンタ
        達は。死んだ母親にそっくりだよ」

        「お母さんの悪口は言わないで」

        「お母さんねぇ。アンタ達の母親は今じゃアタシなんだよ。そんな生意
        気な口を叩くんだったら、お仕置きしてやってもいいんだけどね。弥生
        の尻みたいに、鞭で切り刻んで。そうだ、その傷口に塩でもすり込んで
        やろうかね。まずは、手を出した孝太。お前からだよ!」

        お義母さんが目を吊り上げてわたしを睨み返して、その目で孝太も睨ん
        でいる。
        弥生さんのお尻! 鞭で切り刻んで! それに傷口に塩をすり込むっ
        て!
        ダメ! そんなことをしたら、孝ちゃんが死んじゃう!
        孝ちゃんは遥香を守ろうとして、それなのに……

        「お、お義母さん……ごめんなさい。わたしが悪いんです。だから孝太
        は」

        「お姉ちゃん、何を言ってんだよ。悪いのは、この人……」

        「だめよ、孝ちゃん」

        孝太は知らない。目が見えないから仕方がないけど、わたしは弥生さん
        の傷ついた肌を見せられて、鞭の恐ろしさを間接的に知ってしまった。
        だからあの時、この人はあんなことを……

        それでも孝太は、起き上がって立ち向かおうとしている。
        わたしは肩を叩いて押し留めると、代わりに立ち上がりお義母さんと向
        かい合っていた。

        「お騒がせしました。服を……脱ぎます……お義母さん」

        わたしは背中に腕を回すと、ワンピースのファスナーを引いた。