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生娘の証明






















【第4話】


        
        その部屋は寂しすぎるくらい何もない部屋だった。
        鉛色の空を映す小さな窓以外に有るのは、ひとりで寝るのにも窮屈そう
        なベッドと、寄り添うように置かれた傷の目立つサイドテーブルだけ。
        遥香は女の子なのに、姿身用の鏡もなければタンスもない。
        テレビもなければ、孝太が好きだったラジオも、当然見当たらない。

        わたしは持って来たカバンを壁際に寄せると、膝を抱えるようにして三
        角座りをした。
        山際で北向きだから湿っぽくて肌寒い空気を肌で感じながら、それでも
        緊張してたのかな?
        疲れがどっと押し寄せてきて、パートナーの睡魔さんが手招きをしてい
        る。

        ちょっとお行儀が悪いけど、このままでオヤスミなさい。
        股がだらしなく開いてパンツが見えたって、孝太の他に誰もいないし、
        孝太はそんなこと気にしないから。



        「遥香様、孝太様。奥様がお呼びです」

        どのくらいお昼寝してたのかな?
        部屋の中まで闇色に染まり始めた頃、弥生さんの呼ぶ声にわたしは目を
        覚ました。
        孝太も寝てたんだ。
        その声に目を擦りながら立ち上がると、わたしの元へ近寄ってきた。

        「浴室の方で奥様がお待ちになっております。こちらです」

        「お風呂場で? あ、ちょっと待ってください。着替えを準備するので」

        「いえ、それには及びません。奥様のお言いつけは、ただ連れて来るよ
        うに。それだけでしたので」

        弥生さんは、さっきと一緒。淡々とした抑揚のない声で説明すると、わ
        たしと孝太に目配せして歩き始めた。

        「孝ちゃん、こっちよ」

        わたしは孝太の手を握ると、はるか前を行く弥生さんを追った。
        傷ついたお尻を晒したまま平然と歩く弥生さんを見失わないように、歩
        幅のストライドを拡げた。

        「奥様、遥香様と孝太様をお連れしました」

        まるで旅館の浴場のように広い脱衣場で、お義母さんは待ち構えていた。
        湯上りってわけではなさそう。
        玄関で会った時と同じ服装をして、濃い目のメイクもばっちり決まって
        いるもの。

        「弥生、お前は下がっていいよ。ああ、そうだ。後の段取りは分かって
        いるね?」

        「はい、奥様。仰せのままに」

        脱衣場の入り口で、弥生さんは深々と腰を曲げた。
        そして、なぜなの?
        わたしに向けて、申し訳なさそうな目をすると逃げ去るように姿を消し
        た。

        「ふふふっ、こうして見るとやっぱり姉弟だね。目元や鼻筋なんてそっ
        くりじゃないか。死んだ母親にでも似たのかい? 弟の遺伝はまるで継
        いでなさそうだけどね」

        顔は笑っているけど、声はゾッとするほど冷たく感じた。
        お義母さんは、その表情のままでゆっくりと近付くと、わたしのアゴに
        手を掛けた。
        下から持ち上げるようにして、天井を向かせる。

        「ふんっ! 可愛い顔をしているけど、今までに何人の男を咥え込んだ
        んだい。その唇と、下の唇でさ」

        「んぐ……あぁ、苦しい。お、お義母さん……やめてください」

        「止めてだって? あたしはアンタの母親なんだよ。母親が娘の男関係
        を訊いてどこが悪いのさ」

        「そ、そんな……ありません。わたしは……んん、男の人と付き合った
        りしていません」

        息苦しかった。人差し指と親指が下アゴにに喰い込んで痛かった。
        わたしは解放されたい一心で、唇を動かしていた。
        隣に孝太がいてブルブルと怯えているのに、何もしてやれないまま惨め
        な告白をさせられた。

        「そうかい、付き合ったことはないのかい。ということはまだ生娘って
        ことだね。それじゃ、服を脱いでそれを証明してもらおうじゃないか? 
        母親のアタシの前でね」

        「で、出来ません。そんな……恥ずかしいです」

        ようやく指を放してくれたお義母さんの信じられない言葉に、わたしの
        両目が大きく開かれる。
        弱々しく口答えして、弱々しく首を振ってみせる。

        「お姉ちゃんに、なにもしないで……うわぁっ!」

        そんな中、わたしの危機を察した孝太が、声のする方へ腕を伸ばしてい
        た。
        でもその瞬間、水色のシャツに包まれた華奢な身体が後ろ向きに倒れて
        いく。
        わたしの隣から孝太が消えた。

        孝太は目が見えないのに、お義母さんがその胸を押して突き倒していた。

        「痛いっ! ううっ……」

        「孝ちゃんっ! 大丈夫? ひどい、なんてことを!」

        堅い床にお尻を打ちつけて、孝太が息苦しそうに呻いている。
        わたしはしゃがみ込んで孝太の背中に手を回すと、お義母さんを睨んだ。
        お義母さんの顔をした悪魔に向かって、キッとした目を向ける。

        「ふんっ、その目はなんだい。まったく姉弟揃って不愉快だね、アンタ
        達は。死んだ母親にそっくりだよ」

        「お母さんの悪口は言わないで」

        「お母さんねぇ。アンタ達の母親は今じゃアタシなんだよ。そんな生意
        気な口を叩くんだったら、お仕置きしてやってもいいんだけどね。弥生
        の尻みたいに、鞭で切り刻んで。そうだ、その傷口に塩でもすり込んで
        やろうかね。まずは、手を出した孝太。お前からだよ!」

        お義母さんが目を吊り上げてわたしを睨み返して、その目で孝太も睨ん
        でいる。
        弥生さんのお尻! 鞭で切り刻んで! それに傷口に塩をすり込むっ
        て!
        ダメ! そんなことをしたら、孝ちゃんが死んじゃう!
        孝ちゃんは遥香を守ろうとして、それなのに……

        「お、お義母さん……ごめんなさい。わたしが悪いんです。だから孝太
        は」

        「お姉ちゃん、何を言ってんだよ。悪いのは、この人……」

        「だめよ、孝ちゃん」

        孝太は知らない。目が見えないから仕方がないけど、わたしは弥生さん
        の傷ついた肌を見せられて、鞭の恐ろしさを間接的に知ってしまった。
        だからあの時、この人はあんなことを……

        それでも孝太は、起き上がって立ち向かおうとしている。
        わたしは肩を叩いて押し留めると、代わりに立ち上がりお義母さんと向
        かい合っていた。

        「お騒がせしました。服を……脱ぎます……お義母さん」

        わたしは背中に腕を回すと、ワンピースのファスナーを引いた。