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春夏秋冬家 当主見習巫女 神楽  























(1)
 


青い月の光が山の稜線に姿を消して、わたしたちのお仕事が始まる。

「午前1時。そろそろ時間ね」

左手首に留めた腕時計から目を放すと、わたしは隣に寄り添う人影に向かって話しかけた。

「守は、卯の方位に結界をお願いね。
子の方位に追い込めさえすれば、後はスタンバイしているお父さんがなんとかしてくれる」

「でも神楽様……」

「もう、守は心配症なんだから……
わたしなら大丈夫よ。これでも由緒正しい霊媒術師の末裔なんですからね。だから早く行って」

「……はい。では、くれぐれもお気を付けて。
でも、絶対に無理をなさらぬよう。もしもの時は知らせてください。すぐに飛んで来ますから」

「うん、そうする」

わたしは安心させようと大きくうなずいた。
その仕草に自分を納得させたのか、黒い影は東の方位へと走り去っていく。

「守こそ……無理しちゃ、いやだよ」

墨で染め上げたような漆黒の着流し。それを束ねる深紅の角帯。
それが闇と同化するまで見送った後、わたしは北の空を見上げた。

「不動にして不変の星よ。我に力を……我に屈せぬ御霊を……」

詠唱……しばらくの沈黙。
そしてわたしは歩き始めた。
春夏秋冬(ひととせ)家、当主見習巫女、神楽(かぐら)として……



「それにしても、自然破壊もこれに極まれりって感じね。
3年くらい前までは、このあたりも緑の生い茂った自然豊かな丘だったのにね。
それなのに、こんなにされて……」

地肌が剥き出しにされた赤茶色の大地。
それが闇夜の世界に延々と不毛の世界のように広がっている。

ニュータウン計画。大型工業団地。
言葉の響きは甘美なお酒のようだけど、破壊されていく自然のことなんて誰も気にも留めない。
それが巡り巡って、自らに降りかかる災難になることも知らずに……

「このあたりでいいかな?」

わたしは、造成地が作り出す不毛の谷間で足を止める。
両側には同じく不毛の小山。
うん、ここなら人目にはつかないからいいかも。
でもあのモノたちには……

白衣(びゃくえ)と呼ばれる白色の着物に、真っ赤な緋袴(ひばかま)
おっぱいの下あたりで蝶結びにした帯紐に差し込んでいるのは、春夏秋冬家に伝わる宝器『観鬼の手鏡』

どこからどう見ても、お社で男の人たちを釘付けにする巫女さんよね。
この衣装って……
まあ、普段はわたしも似たようなお仕事をすることもあるし、でも彼女たちよりも本当の神の力を身近で感じていたりする。
神楽の場合はね……

「ふ~ぅ。やっぱり恥ずかしいな。でも、がんばらないと……」

わたしは手鏡を引き抜くと自分の顔を映し出した。
そして、おとなっぽくウインクした後、鏡を持つ右手を上に伸ばしたまま身体を一回転させる。

全日本巫女コンテストナンバー1の美少女 春夏秋冬 神楽(ひととせ かぐら)のショータイムが今から始まるよ。
興味のある方は、この『観鬼の手鏡』の元に集まってねって。

「それじゃあ、始めようか? 神楽!」

シュルっ、シュルシュルシュル……

わたしは手鏡を足元に置くと、真っ赤な帯紐を解いていく。
腰の後ろでクロスした帯を緩めると、下半身を覆う緋袴がだらしなく垂れ下がる。

誰もいない。
人の気配の感じない荒涼とした大地で、あるモノたちを愉しませるための恥辱のショータイム。
だからわたしは続ける。続けられる。
だって、相手は人間ではないのだから。

上衣として着込んだ白衣の腰紐をすっと解いたとき、お待ちかねの邪風がほっぺたを撫でた。
生温かくて動物の吐く息のように生臭くて、現世と黄泉の隙間から流れ込む邪な風。
でもわたしは臆することなく白衣を脱ぎ去ると、緋袴と共に地面から突き出た鉄のポールに引っかけた。

「もう、神楽のドジ! バッグくらい持って来なさいよ」

わたしは白い半襦袢姿で自分を叱った。
でもその声は、喉を通過する時ちょっぴり震えた。

だってパンツが見えちゃっているんだもん。
半襦袢って丈が短いから、腰のあたりまでしか隠してくれないから。

そのとき、またゴーッて風が吹く。
今度は邪風ではない、もっと濃密な気体。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。全部で4体の邪悪な気体の渦がわたしを取り囲むように出現する。
『邪鬼』……この世に未練を残す鬼と化した人の魂。その原型なるモノ。

わたしは、足元に置いた『観鬼の手鏡』を素早く左手に持つと、4体の渦巻きを一体ずつ鏡に映し出していく。

「全員、男のようね。年齢はまちまち。ま、当然かな」

シュルシュルシュル……

おへその前で結んである半襦袢の腰紐も解いてあげた。
左前の襟元を焦らすようにひらいてあげる。
もちろん、ブラジャーはしていない。
神楽自慢の、お椀を伏せた上向きのおっぱいを夜空の下で晒け出している。

(ぐぅぅぅっ、お、女の身体だ)
(ふぐぅぅぅぅっ、それも巫女の身体だ)
(処女か? いや、この匂いは違う)
(そんなの構わん。この女の穴はわしのものじゃ)

常人の耳には聞こえない鬼の声が、直接心に伝わってくる。
性欲という本能を依り代とした哀れな霊魂。

そんなあなたたちを、今からとってもいい所に連れて行ってあげる。
もちろん、神楽の身体も少しなら愉しませてあげる。
だから、おとなしくついて来るのよ。

わたしは残りの1枚をスルスルと下すと、肌襦袢の下に挟み込んだ。
そして、生まれたままの姿で歩き始める。

手鏡だけを握り締めて、北の空で瞬く北極星を見つめながら。



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邪鬼の指 邪鬼の舌























(2)
 


ちろちろ、ちゅぷっ……

「うっ、くうぅぅっ……」

わたしの乳首をざらりとしたモノに舐められる。
指のようなモノに乳房を掴まれて揉まれた。

サワっ、サワサワサワ……

「あ、あぁ、い、イヤァッ」

今度はお尻を……
まるで満員電車に現れる痴漢のように、太ももからお尻のお肉を下から上へと撫でられる。
調子に乗って手のひらのようなモノが、お尻の穴を目指して肉の狭間に差し込まれてくる。

(なかなかの上物だ)
(小さすぎず大きすぎず、揉みごたえのあるおっぱいだ)
(下も悪くないぞ。まだまだ青臭いが、ケツの肉も張りがあって手触り感も文句なし)
(ふふっ、あとのお楽しみは……)

渦巻きだった邪悪な気体が身体の一部分だけを実体化している。
生臭い唾液を垂らした肉厚な舌だったり、意志を持った別の生き物のように這いまわるおぞましい10本の指だったり……
こっちのはもっと露骨。
男の下半身だけを実体化させちゃってる。
当然、グロテスクな肉の棒つきで……

それでもわたしは歩き続けた。
歩きながら恥じらいで見せた。
顔を真っ赤にして、刺激を受けるたびに背筋を震わせて、くちびるから可愛い拒絶の声も漏らした。

当たり前でしょ。
年頃の女の子が裸で歩かされながら、感じやすい処を悪戯されているんだから。
それも4人掛かりで……違った4体掛かりで……

ちゅぷちゅぷ、ちゅぱ、カリッ、コリッ……

「あんぅぅっ、いやぁぁっ、乳首はだめぇっ! んふぅっ」

右のおっぱいに唇が吸い付いて離れてくれない。
舌が伸びて乳首の頭を撫でられて、突然現れた黄ばんだ前歯が硬くなっていく根元に噛みついた。
同時に左のおっぱいをゴムマリのように揉まれた。
力任せに握られては、なだめるようにやさしくマッサージされる。

足の動きが止まりかける。
人間じゃないのに……相手はこの世のモノではないのに……
気持ちいい! 気持ちよくて、それなのに背筋は悪寒が走ってゾクゾクして……

わたしは、首をのけ反らせながら神経を集中させた。
4体ともかなりいい線まで邪気が上昇している。
これなら合格かも……?

(久々の上物だな。お嬢さんのおま○こ、愉しませてもらうぜ)

下腹部からも声が響いた。
声と一緒に、ビリビリとした刺激とジンジンとした疼きが身体の芯を這い上がってくる。

「あうぅぅっ、ひうぅぅっ。そこはだめぇっ、クリを舐めないでぇっ! イヤぁっ、膣に指がぁっ、指が入っちゃうぅぅっっ!」

もう充分なのに……
邪気は満足するほど溜まっているのに……

手にした手鏡がするりと滑り落ちた。
しまった! と思っても後の祭り。
それなのに、お父さんの姿はまだ見えない。
その間も、神楽の感じるお豆を刺激され続けている。

硬く尖がって、ちょっとした刺激でもイッちゃいそうなのに、そんな処を何度も舐められた。
唾液をいっぱいまぶしながら、舌のお化けがクリトリスを押し潰すように刺激して、神楽の割れ目から恥ずかしいお汁を湧き出させちゃう。

そうしたらもう1体の指が、そのお汁を潤滑油にして滑り込んでくる。
デリケートなヒダヒダを爪先で掻きながら、残りの指を膣の奥に沈めた。

じゅぶじゅぶ、じゅじゅじゅ……じゅぶぅぅっ……

「ふぁぅっ、くふぅっ……そんなにされたらぁ、膣(なか)をそんなに弄られたらぁっ、もう……だめぇぇぇぇっっっ!!」

叫んじゃった。
両足をガクガクさせて、背中をえびのように反らせて、膣に挿入された指のようなモノをキュウッて締め付けて……
イッちゃったかも……?
神楽はお外で全裸のまま、人でないモノを相手に絶頂しちゃったかも……?!

(ふふふっ、いい声で鳴くじゃないか。
では、もっと愉しませてもらうぞ。今度は、この特製肉棒でな)

きっと刺激が強すぎたんだ。
はしたなく広がったまま戻ってくれない両ひざ。
その真ん中に、巨大な肉の棒が真上を向いて浮かんでいる。

大きい……! 
とても太くて、とても長くて……ちょうど神楽の腕くらいありそう。
こんなの人のモノではない。
こんなお化けみたいなのを挿れられたら、神楽のあそこ、絶対に壊れちゃう。
わたしの大切な処、ガバガバになっちゃう!

「い、イヤぁッ! 許してぇっ、それだけは勘弁してぇっ!」

(小娘ッ! ここまで気持ちよくしてやったんだ。サービス料と思って、あきらめな)

気が付けば、両肩をがっしりと掴まれている。
宙に浮かんだ指が、肩だけじゃない。足首を左右から引っ張って、このままだとわたし、立ったままで犯されちゃう?!
真下からズブリと貫かれちゃう?!

「イヤッ、イヤイヤイヤァッ! 絶対にイヤァァァァッッッ!」



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春夏秋冬家 お側方霊術師 狛獅子 守























(3)
 


強引に押さえ付けられて縮んだ背丈のまま、首を左右に振った。
抵抗しながらついでに、お父さんを……守を……あんたたちになんか絶対に負けない霊媒術師を……
探した。情けないけど、ちょっとだけ焦って黒眼を何度も往復させた。

……そして……本気でそして?!
……いた! 見つけた!

卯の方位から放たれた矢のように近づく黒い影。
子の方位で不動不変の星、北極星を背にして立つ白銀のシルエット。

「う、うぅぅっ……お父さん……守……」

(ぐふふふっ、さあ、小娘のおま○この味を試させてもらうぜ)

でも間に合わないかも……
だって、涎を垂らした先端が……!

ぶちゅぅッッ!!

「ひぃぃぃぃっっっ! イヤァァッッ!!」

おぞましい感触が下腹部を襲った。同時に……!

ビュンッッ!! ……シュゥゥッッ!

(グギャァァァッッ! う、腕がぁぁッッ!)

断末魔の悲鳴とともに、両肩が急に軽くなる。
鼻を包む生臭い匂いが焦げ臭い匂いに変わった。
わたしは肩に貼り付く肉片を払いのけると、思いっきり地面を蹴った。

「エイッ!」

何が起きたか分からずに足首の束縛が緩んだ一瞬。
その隙を突いて、後方へとジャンプする。

腕と手首が切り離され、ぽたりと地面に落ちるおぞましい肉塊。
大気を切り裂き、弧を描きながら飛翔する対の鯨扇『鬼裂の聖扇』

「そこまでです! 鬼と化した亡者どもよ」

(な、なんだぁ? 小僧、舐めたマネをっ……?!)

既に邪気と化した2体と、宙に舞い上がる両腕。
それに、虚しく空を向いたまま浮かんでいる肉の棒。
そのモノたちから発した声が、黒い影に降り掛かる。

「もう守ったら、遅いよ。
もしもの時は、すぐに飛んで来るって言ってたじゃない」

「申し訳ございません、神楽様。で、お怪我は……?」

「……ある。わたしの大切な処に、あんな穢れたのがひっついちゃったんだよ。ぶちゅぅっ! って……
というか……あんまりこっちを見ないでよ。恥ずかしいでしょ」

慌てて胸と下腹部を隠した。
わたしを思う人に今の神楽を見て欲しくはなくて……
目の前に漂う鬼に集中して欲しくて……

わたしは、わたしをガードするように立つ幅広の背中を見つめた。
物心がついた時から側に控えていて、優しいお兄さんで、それにとっても格好いいお兄さんで……
気が付けばわたし……あなたのことを……

(ううっ、だ、誰だ?! てめえは……?)

「別に名乗るほどの者ではありません。あなたたち亡者にはね。
ふっ、ですが今夜は特別に教えてあげましょう。
大切な人を可愛がっていただいたお礼と断罪・浄化前の最後の思い出として……
我は『春夏秋冬家 お側方霊術師 狛獅子 守(こまじし まもる)』
鬼と化した亡者共を浄化せしめんがため、いざっ、参るッ!」

ビュンッッ!!

漆黒の闇と同化した着物の裾が僅かにはためいた。
同時に放たれる、対の扇。
表面は無地の黒、裏面は同じく無地の白。
光と闇、現世とあの世。
表裏一体を表すこの扇もまた、わたしが手にしている『観鬼の手鏡』と同じ、春夏秋冬家の宝器『鬼裂の聖扇』

(おのれぇッ、こんな扇など……!)

直線的に進む扇の軌道を測ったように、残る2体のモノが飛んだ。
空中高くに浮遊して、鬼裂の聖扇をかわしたかのように見えた。

でも、可哀そう。守の扇からは逃げられっこないのに……

「はあッ!」

守の気合いの声と共に、地面と平行に走る扇が向きを変える。
夜空を切り裂くように垂直方向に軌道を変えて、宙に浮かぶ腕が切断される。
更に上空へと逃れようとする肉の棒が、根元から先端まで一刀両断される。

(そんな……ぐぎゃぁぁぁぁっっっっ!)

再び起きる断末魔の悲鳴。
バラバラにされた肉片が元の邪気の渦となって、残る2体と連れだち卯の方位へと逃げていく。

「無駄ですよ。その方位には、神楽様の指示通りに結界を張っております。
亡者の逃げ道は、卯の方位と子の方位。これは黄泉の国の掟。
よく判断なさいましたね。神楽様」

「ま、まあ~。それほどにも……あるわね♪」

わたしと守が顔を見合わせたその時、バチバチという電気がスパークする音と、3度目の断末魔が闇夜にコダマした。
焼けただれて半分ほどの体積になった邪気が、腐肉の匂いを捲き散らせて子の方位、北へと逃れていく。

「あとはスタンバっているお父さんにお任せね」

わたしと守は北極星を見つめた。
そして、一筋の青白い光が帯となって夜空を照らした。

「ふ~ぅ。終わったわね」

「ええ、すべて片付きました」

守がわたしの顔を見つめて、その視線を下へと移動させる。

「も、もうっ! 見ないでよっ、守のエッチッ! スケベッ! ついでに変態ッ!」

わたしは衣装を引っかけた鉄のポールを目指して駆け出した。
方位はもちろん午、南の方角。
だって神楽は生者だもん。
まだまだ、あの世とは縁がないからね♪



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そして、四百余年の時が流れて……























(4)
 


むか~し、昔。世の中が乱れに乱れていた戦国時代の頃。
とある城下町では、戦場で散った武者たちの怨念が色情魂となって、夜な夜な出没しては若い娘さんたちを手篭めにしていました。
町人からの再三に渡る陳情に困り果てたお殿様は、考えた挙句、全国にお触れを出しました。

『我が領内に於いて亡者を除霊したりし者。褒美は望みのままに』

たちまちこの噂は、領内どころか隣国にまで知れ渡り、我こそはという霊能者が幾人も城下に集まってきました。
しかし、あまたにのぼる霊魂の前に、一人倒れて二人逃げ出し、二人倒れて四人逃げ出し、あっという間に霊能者は一人残らず全滅。
これにて色情魂の勝利と思われたその時、ひとりの若い神職が麗しい巫女を連れてこの地を訪れました。

そして町人から事情を聞いた神職は不敵な笑みを浮かべてこう言いました。

「我が名は春夏秋冬 鬼巡丸(ひととせ きじゅんまる)そこに控えしは涼風(すずかぜ)
その霊魂。今夜一晩で封じてみせましょうぞ。
ただし、この術、我が家の秘伝なれば誰ひとりとしてお目にせぬように」と……

その夜の子の刻、神職に命じられたとおり各家に閉じこもっていた町人は、先ほどの巫女のものであろうか、天にも昇りそうな甘い嬌声とそれに続くすさまじい悲鳴。
家の中まで照らし出す青白い炎の影を目にしました。
翌朝、傷ひとつ負わずに街中の霊魂を封じ込めた若者と巫女はお城に呼ばれ、お殿様から褒美を聞かれこう申しました。

「我が永住の地をここに定めとうございます。
さすれば、城下の西端にあるあの小高い山の上に、社を建立することお許しあれ」と……

そして、四百余年の時が流れて……



「え~、この世の中には科学だけで解明されないもので満ち溢れておる。
未確認飛行物体『UFO』に未確認動物『UMA』、謎の多い古代文明、古代遺跡、古代文字。
未だに解明されない病原菌に、ヒマラヤの雪男ついでに雪女。
もっと身近な存在では……そう心霊現象なども……
その心霊についてであるが……」

「は~あぁ。かぐらおねえたん、ママはまだぁ?」
「あたちもぉ……おかあちゃん、まだかなぁ~? ねむいでちゅぅ」

「はいはい、みんなぁ。おねんねせずに待っていようねぇ。
もうすぐ、大好きなママが迎えに来るからねぇ♪」

ジロリッ!

わたしは、黒板を背にして立っているお父さんを睨んだ。
紫の袴に純白の狩衣(かりぎぬ)、それに頭には烏帽子(えぼし)。
どこからどう見てもお社の神職様そのものの姿。
というよりこの人、本物の神職なんだけど……一応。

「お父さん、お仕事のジャマをしないでよね! そんなオカルチックな話、幼児にわかるわけないでしょ。
それに話している内容がいい加減すぎ!
だいたい、この写真はなんなのよ?!」

お遊戯室の黒板に貼り付けられた怪しい写真の数々。
世界の七不思議にアダムスキー型UFO、なにをコピーしたのか人面犬まで……?

「これはそのだな。無垢な童たちを未知なるモノに興味を持たせ、霊の世界へと誘って……」

「誘ってどうするのよ?」

わたしは心配そうに見上げる園児たちに笑顔を振りまいておいて、掲示板の押しピンを引き抜いた。

「わ、わかった。わかり申した。童たちにこの話は難しかったかもしれん。
明日は……そうだ、『アンパ○マン』がよかろう。
『アンパ○マン』のあんぱんが賞味期限になったら如何すべきか?
分かちあったあんぱんを食べてお腹をこわしたら訴訟を起こすべきか?
どうだ神楽、心霊とは違って健全であろうが……?」

ブスリッ!!

「お待たせ♪ ジロー君、お母さんが来ましたよ」

「わあ、まもるおにいたんだぁ♪」
「あたちとあそんでぇ♪」「だ~め、ぼくと♪」

建てつけの悪い引き戸を開けて入って来たのは、狛獅子 守(こまじし まもる)。
夜のお仕事では、亡者に容赦しない冷徹な霊術師だけど、ここでは、わたしが嫉妬しちゃうくらい子供たちには大人気。
今でもほら、子供たちが駆け寄ってきて、大きな浮き輪みたいに囲まれちゃっている。
でも最近では、お母様方の視線も負けず劣らずラブラブみたいだけどね。

「あっそうだった。さっき連絡があって、タロー君とサブロー君、それに花子ちゃん。
お母さんがお仕事遅くなるって。
守、悪いんだけど3人を自宅まで送ってくれないかな?」

「ええ……それは構いませんが……
ああはぁ、だめだよ、桃子ちゃん。ここはお兄さんの大切な処なの。握ったりせずに、撫で撫でしてあげてね。
ううっはぁ、ナナコちゃん。お尻の穴に指を突っ込まないで。お兄さん、変な気分になっちゃうでしょ」

え~と、押しピンの数足りるかしら……?



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背中に乗る女























(5)
 


「なにも神楽様までついて来なくても……園の方は大丈夫でしょうか?」

園児たちを送り届けた帰り道、ハンドルを握る守がぽつりとつぶやいた。

「ホント、守は心配症ね。子供たちのことはお父さんに任せておけば大丈夫だって。
ちょっと変わってはいるけど、お母さんが元気な頃はふたりであの保育園を切り盛りしてたんだから。
それよりも、見て♪ 綺麗な夕日……」

ビルの谷間に沈むオレンジ色の光。
街路樹も高台に広がるお洒落な街並みも、ふたりが乗る車の中だってみんな温かい光の世界。
助手席でわたしは目を細めた。
『そうだ守、今からドライブしない?』って言葉が、喉から飛び出しそうになって慌てて押しとどめる。

守が運転する真っ赤な軽自動車は、街の郊外を抜けて通称『物見山』と呼ばれる小高い丘へと続く坂道にさしかかる。
アクセルを踏み込み、来月には15歳の誕生日を迎えるオンボロ車のお尻を叩いて、木々がうっそうと茂る山道を駆け昇っていく。

青色の道路標識が目に入る。
『涼風の社 2キロ』

涼風の社。正式には『西鎮山 封魔護持社』
戦国時代末期に、ひとりの若い神職と付き従う美しい巫女『涼風』によって建立された古のお社。
それから4百年の間、この山の頂上から変わりゆく街並みを見守ってきたと言われている。

因みにわたしも隣にいる守も、このお社の住人だったりする。
というのも、わたしたち一族がこの社を建立した神職さんの末裔だから。

そう。4百年間、この街を鬼と呼ばれる悪しき亡者から守護してきた霊媒術師 春夏秋冬(ひととせ)家って、わたしたちのことだから。



築4百年になる山門を過ぎると、規格統一されたガラス窓がつながる平屋建てが見えてくる。
オレンジ色をしたモルタルの壁に水色に塗装された屋根瓦。
その上に乗っかっている尖り帽子の三角屋根。
外周を銀杏の木とポプラに囲まれた、小さな小さな運動場。
砂遊び場にブランコ、ジャングルジム。
パンダさんや熊さんの木枠の人形が、こっちを見て手を振っている。

ここは、涼風保育園。
今日、お社経営だけでは食べていけないって、わたしのおじいちゃんが始めたサイドビジネスってとこ。
こんな古い保育園だけど、意外と経営はうまくいっているみたい。
よくテレビのニュースなんかでやっているでしょ?
待機児童問題って……ふふふっ。

まあ、そんなこんなで、今年の春に高校を卒業したわたしも、無事に涼風保育園に保母さんとして就職成功。
縁故採用万歳! 親の七光採用万歳!
その代り、夜になったら恥ずかしくて危険なお仕事もさせられているんですからね。

「わあ♪ ここからの眺めはいつ見ても最高よね。
空が真っ赤。きっと明日もいい天気ね。
……それにしても、駅前のあのノッポのビルは邪魔よねぇ。
あれが建設される前は、海に沈む夕陽まで見えたのに……」

「ああ、時田金融の本社ビルのことですね。
確かに、私の幼い頃はもっと見晴らしも良く……それに……」

「それに? ……って、うん。そうだよね。
お父さんが話していたけど、あの本社ビルには禍々しい悪気を感じるって……
方位そのものより、あの会社に泣かされてきた者たちの救われない業が立ち込めている。
……そう言えば、この前のお仕事だって、元はといえば時田金融のせいよね。
緑で覆われていた丘を、ニュータウンかなんだか知らないけど、お金儲けのためだけに自然破壊したりするから、変な亡者さんたちが棲みかにしたりして。
ああいう輩は好きなのよね。不毛の地が……
そうだ♪ 一度、とっちめてやろうかしら?
時田金融の社長さんをわたしたちの手で……どう、守。乗らない?」

守は両手を拡げてあきれた顔をする。
そして、子供たちがお待ちかねの園舎へと歩き始めて……?

「神楽さん、あの人……?」

突然向きを変えると、山門を見つめた。
その態度にただならぬものを感じて、わたしも守の視線を追いかける。

「まだ若いわね」

ひとりの男性が、下から歩いて登って来たのか、首に掛けたタオルで顔を拭きながら山門の前に佇んでいる。
しばらくして山の涼しい風に呼吸が落ち着き、門に向って一礼する。

「なによ、あの邪気?!」

「ええ、私もあれほど発達した邪気は久々に見ました。
どうやら1体だけのようですが、あれは守護霊の変化ではありませんね。
もっと身近な何かを感じる」

「うん……」

たぶん、その人は気が付いていない。自分が背負っているモノがなんなのかを?
髪の長い女性。それもまだ若い。
おそらく山門をくぐり抜けた男性と同年齢。ということは……?!

わたしと守は、顔を見合わせたまま頷いていた。



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