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背中に乗る女























(5)
 


「なにも神楽様までついて来なくても……園の方は大丈夫でしょうか?」

園児たちを送り届けた帰り道、ハンドルを握る守がぽつりとつぶやいた。

「ホント、守は心配症ね。子供たちのことはお父さんに任せておけば大丈夫だって。
ちょっと変わってはいるけど、お母さんが元気な頃はふたりであの保育園を切り盛りしてたんだから。
それよりも、見て♪ 綺麗な夕日……」

ビルの谷間に沈むオレンジ色の光。
街路樹も高台に広がるお洒落な街並みも、ふたりが乗る車の中だってみんな温かい光の世界。
助手席でわたしは目を細めた。
『そうだ守、今からドライブしない?』って言葉が、喉から飛び出しそうになって慌てて押しとどめる。

守が運転する真っ赤な軽自動車は、街の郊外を抜けて通称『物見山』と呼ばれる小高い丘へと続く坂道にさしかかる。
アクセルを踏み込み、来月には15歳の誕生日を迎えるオンボロ車のお尻を叩いて、木々がうっそうと茂る山道を駆け昇っていく。

青色の道路標識が目に入る。
『涼風の社 2キロ』

涼風の社。正式には『西鎮山 封魔護持社』
戦国時代末期に、ひとりの若い神職と付き従う美しい巫女『涼風』によって建立された古のお社。
それから4百年の間、この山の頂上から変わりゆく街並みを見守ってきたと言われている。

因みにわたしも隣にいる守も、このお社の住人だったりする。
というのも、わたしたち一族がこの社を建立した神職さんの末裔だから。

そう。4百年間、この街を鬼と呼ばれる悪しき亡者から守護してきた霊媒術師 春夏秋冬(ひととせ)家って、わたしたちのことだから。



築4百年になる山門を過ぎると、規格統一されたガラス窓がつながる平屋建てが見えてくる。
オレンジ色をしたモルタルの壁に水色に塗装された屋根瓦。
その上に乗っかっている尖り帽子の三角屋根。
外周を銀杏の木とポプラに囲まれた、小さな小さな運動場。
砂遊び場にブランコ、ジャングルジム。
パンダさんや熊さんの木枠の人形が、こっちを見て手を振っている。

ここは、涼風保育園。
今日、お社経営だけでは食べていけないって、わたしのおじいちゃんが始めたサイドビジネスってとこ。
こんな古い保育園だけど、意外と経営はうまくいっているみたい。
よくテレビのニュースなんかでやっているでしょ?
待機児童問題って……ふふふっ。

まあ、そんなこんなで、今年の春に高校を卒業したわたしも、無事に涼風保育園に保母さんとして就職成功。
縁故採用万歳! 親の七光採用万歳!
その代り、夜になったら恥ずかしくて危険なお仕事もさせられているんですからね。

「わあ♪ ここからの眺めはいつ見ても最高よね。
空が真っ赤。きっと明日もいい天気ね。
……それにしても、駅前のあのノッポのビルは邪魔よねぇ。
あれが建設される前は、海に沈む夕陽まで見えたのに……」

「ああ、時田金融の本社ビルのことですね。
確かに、私の幼い頃はもっと見晴らしも良く……それに……」

「それに? ……って、うん。そうだよね。
お父さんが話していたけど、あの本社ビルには禍々しい悪気を感じるって……
方位そのものより、あの会社に泣かされてきた者たちの救われない業が立ち込めている。
……そう言えば、この前のお仕事だって、元はといえば時田金融のせいよね。
緑で覆われていた丘を、ニュータウンかなんだか知らないけど、お金儲けのためだけに自然破壊したりするから、変な亡者さんたちが棲みかにしたりして。
ああいう輩は好きなのよね。不毛の地が……
そうだ♪ 一度、とっちめてやろうかしら?
時田金融の社長さんをわたしたちの手で……どう、守。乗らない?」

守は両手を拡げてあきれた顔をする。
そして、子供たちがお待ちかねの園舎へと歩き始めて……?

「神楽さん、あの人……?」

突然向きを変えると、山門を見つめた。
その態度にただならぬものを感じて、わたしも守の視線を追いかける。

「まだ若いわね」

ひとりの男性が、下から歩いて登って来たのか、首に掛けたタオルで顔を拭きながら山門の前に佇んでいる。
しばらくして山の涼しい風に呼吸が落ち着き、門に向って一礼する。

「なによ、あの邪気?!」

「ええ、私もあれほど発達した邪気は久々に見ました。
どうやら1体だけのようですが、あれは守護霊の変化ではありませんね。
もっと身近な何かを感じる」

「うん……」

たぶん、その人は気が付いていない。自分が背負っているモノがなんなのかを?
髪の長い女性。それもまだ若い。
おそらく山門をくぐり抜けた男性と同年齢。ということは……?!

わたしと守は、顔を見合わせたまま頷いていた。



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