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春夏秋冬家 当主見習巫女 神楽  























(1)
 


青い月の光が山の稜線に姿を消して、わたしたちのお仕事が始まる。

「午前1時。そろそろ時間ね」

左手首に留めた腕時計から目を放すと、わたしは隣に寄り添う人影に向かって話しかけた。

「守は、卯の方位に結界をお願いね。
子の方位に追い込めさえすれば、後はスタンバイしているお父さんがなんとかしてくれる」

「でも神楽様……」

「もう、守は心配症なんだから……
わたしなら大丈夫よ。これでも由緒正しい霊媒術師の末裔なんですからね。だから早く行って」

「……はい。では、くれぐれもお気を付けて。
でも、絶対に無理をなさらぬよう。もしもの時は知らせてください。すぐに飛んで来ますから」

「うん、そうする」

わたしは安心させようと大きくうなずいた。
その仕草に自分を納得させたのか、黒い影は東の方位へと走り去っていく。

「守こそ……無理しちゃ、いやだよ」

墨で染め上げたような漆黒の着流し。それを束ねる深紅の角帯。
それが闇と同化するまで見送った後、わたしは北の空を見上げた。

「不動にして不変の星よ。我に力を……我に屈せぬ御霊を……」

詠唱……しばらくの沈黙。
そしてわたしは歩き始めた。
春夏秋冬(ひととせ)家、当主見習巫女、神楽(かぐら)として……



「それにしても、自然破壊もこれに極まれりって感じね。
3年くらい前までは、このあたりも緑の生い茂った自然豊かな丘だったのにね。
それなのに、こんなにされて……」

地肌が剥き出しにされた赤茶色の大地。
それが闇夜の世界に延々と不毛の世界のように広がっている。

ニュータウン計画。大型工業団地。
言葉の響きは甘美なお酒のようだけど、破壊されていく自然のことなんて誰も気にも留めない。
それが巡り巡って、自らに降りかかる災難になることも知らずに……

「このあたりでいいかな?」

わたしは、造成地が作り出す不毛の谷間で足を止める。
両側には同じく不毛の小山。
うん、ここなら人目にはつかないからいいかも。
でもあのモノたちには……

白衣(びゃくえ)と呼ばれる白色の着物に、真っ赤な緋袴(ひばかま)
おっぱいの下あたりで蝶結びにした帯紐に差し込んでいるのは、春夏秋冬家に伝わる宝器『観鬼の手鏡』

どこからどう見ても、お社で男の人たちを釘付けにする巫女さんよね。
この衣装って……
まあ、普段はわたしも似たようなお仕事をすることもあるし、でも彼女たちよりも本当の神の力を身近で感じていたりする。
神楽の場合はね……

「ふ~ぅ。やっぱり恥ずかしいな。でも、がんばらないと……」

わたしは手鏡を引き抜くと自分の顔を映し出した。
そして、おとなっぽくウインクした後、鏡を持つ右手を上に伸ばしたまま身体を一回転させる。

全日本巫女コンテストナンバー1の美少女 春夏秋冬 神楽(ひととせ かぐら)のショータイムが今から始まるよ。
興味のある方は、この『観鬼の手鏡』の元に集まってねって。

「それじゃあ、始めようか? 神楽!」

シュルっ、シュルシュルシュル……

わたしは手鏡を足元に置くと、真っ赤な帯紐を解いていく。
腰の後ろでクロスした帯を緩めると、下半身を覆う緋袴がだらしなく垂れ下がる。

誰もいない。
人の気配の感じない荒涼とした大地で、あるモノたちを愉しませるための恥辱のショータイム。
だからわたしは続ける。続けられる。
だって、相手は人間ではないのだから。

上衣として着込んだ白衣の腰紐をすっと解いたとき、お待ちかねの邪風がほっぺたを撫でた。
生温かくて動物の吐く息のように生臭くて、現世と黄泉の隙間から流れ込む邪な風。
でもわたしは臆することなく白衣を脱ぎ去ると、緋袴と共に地面から突き出た鉄のポールに引っかけた。

「もう、神楽のドジ! バッグくらい持って来なさいよ」

わたしは白い半襦袢姿で自分を叱った。
でもその声は、喉を通過する時ちょっぴり震えた。

だってパンツが見えちゃっているんだもん。
半襦袢って丈が短いから、腰のあたりまでしか隠してくれないから。

そのとき、またゴーッて風が吹く。
今度は邪風ではない、もっと濃密な気体。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。全部で4体の邪悪な気体の渦がわたしを取り囲むように出現する。
『邪鬼』……この世に未練を残す鬼と化した人の魂。その原型なるモノ。

わたしは、足元に置いた『観鬼の手鏡』を素早く左手に持つと、4体の渦巻きを一体ずつ鏡に映し出していく。

「全員、男のようね。年齢はまちまち。ま、当然かな」

シュルシュルシュル……

おへその前で結んである半襦袢の腰紐も解いてあげた。
左前の襟元を焦らすようにひらいてあげる。
もちろん、ブラジャーはしていない。
神楽自慢の、お椀を伏せた上向きのおっぱいを夜空の下で晒け出している。

(ぐぅぅぅっ、お、女の身体だ)
(ふぐぅぅぅぅっ、それも巫女の身体だ)
(処女か? いや、この匂いは違う)
(そんなの構わん。この女の穴はわしのものじゃ)

常人の耳には聞こえない鬼の声が、直接心に伝わってくる。
性欲という本能を依り代とした哀れな霊魂。

そんなあなたたちを、今からとってもいい所に連れて行ってあげる。
もちろん、神楽の身体も少しなら愉しませてあげる。
だから、おとなしくついて来るのよ。

わたしは残りの1枚をスルスルと下すと、肌襦袢の下に挟み込んだ。
そして、生まれたままの姿で歩き始める。

手鏡だけを握り締めて、北の空で瞬く北極星を見つめながら。



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