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癒し系美少女 茜























(22)


9月 10日 水曜日 午前9時  水上 千里



松山との行為を終わらせた私は、何食わぬ顔で自分の職場に向かった。
そして、ナースルームにたまたま居合わせた婦長さんに、遅刻した理由を説明する。
もちろん体調不良ということで。
でも、胸の中では本当の理由を……
『千里は、女子更衣室で松山先生のペニスをパイズリしてました』って……

幸い? 婦長さんを始め同僚のナースたちも、誰ひとりとして私の嘘に気づいていない。
きっと、茜ちゃんがうまく説明してくれていたんだと思う。

ごめんね、茜ちゃん。あなたまで騙したりして……



私はその後、普段通りを心がけて仕事に没頭していた。
そうでもしないと、余計な事を考えちゃうから。
そして気がついた時には、お昼休みを大きく過ぎていた。
まあ、このお仕事をしてたら、休憩時間なんて有ってないようなものだけどね。

「……お昼……どうしようかな?」

ここまで意識して身体を動かしたのに、全然食欲が湧いてこない。
それどころか、胃の付近がまだムカムカしている。

やっぱり、あんなモノを飲まされたからだよね。
千里って、結構打たれ強いタイプだと自負してたけど、昨日から今朝にかけての出来事はさすがに堪えたみたい。

「でも、昼からの業務を考えると、何かお腹に入れないと……」

私は、院内に設けられている食堂に向かった。
ここは一般にも解放されていて、メニューも結構豊富。
まあ適当に、何か食べられそうなのを探そうかな。

「あれぇ、水上先輩も今からお昼ですかぁ?」

ガラスケース越しのメニューと睨めっこしていた私の背中で、幼さを感じる声が聞こえた。
振り返る私を見て、茜ちゃんがにっこり笑った。

「茜ちゃんもお昼まだなんだ。よかったら一緒にどう?」

彼女をガラスケースの前に誘った。

「はい、水上先輩。茜……もう、お腹が空き過ぎで倒れそうだったんです。
喜んでご一緒させていただきま~す」

茜ちゃんは両手をお腹に当てて、ひもじそうな顔をしてみせた。
本当にこの子は可愛いな。それに明るくて素直で。

私はそんな彼女の横顔をチラチラと見ながら、松山の言葉を思い返していた。

「水上先輩。茜の顔になにか付いてますぅ?」

「ううん、なんでもないの。さあ、何を食べようか?
今日のランチは私がご馳走してあげる。美里ちゃんには心配かけたからね。そのお詫びということで……」

「えっ、いいんですかぁ。それじゃぁ遠慮なく。う~ん、なににしようかな?」

ところで、そこのアナタ。
千里がここに来る前から悩んでいるみたいだけど、結構優柔不断なのね。
だったら、千里が決めてあげる。
カツ丼大盛り、以上!

どうして、そのメニューなのって……?

普段の千里なら、そのくらいペロリと平らげるから……かな。うふふふっ♪



「それでね、先輩……アタシ……ムカついちゃって……」

茜ちゃんは、カツ丼を口に頬張りながら、日頃のストレスを発散するように話し続けている。
私はテーブルの上で頬づえを突いて、彼女の話に耳を傾けていた。
因みに、なぜ彼女がこのメニューを選んだかと言うと、アナタに対する対抗心じゃないかしら。
ちゃんと、大盛りを頼んでいるしね。

「ところで先輩。ホットケーキとミルクって、なんだか朝食っぽくないですかぁ?
お昼はしっかりと食べておかないと、身体が持ちませんよ」

「うん……まだ食欲が湧かないの。心配掛けて、ごめんね。
お腹が空いてきたら、何か食べるようにするから」

茜ちゃんが心配するのも、無理はないと思う。
でも今の私には、それさえほとんど喉を通らなかった。
頼んだホットケーキも半分以上残したままだし、特にミルクは失敗だったかな。
だって、似たような色のモノを朝から大量に飲まされたからね。

「先生っ……こっちの席が空いていますよ♪」

和やかだった食堂の雰囲気が、ひとりの女のせいで一変した。
白衣の男と数人のナースが、下世話な会話をしながらこっちへ近づいて来るのが見えた。

「あーぁ、せっかくのランチが台無し。松山先生も、物好きねぇ。
あ~んな、お局ナース様たちとお食事して楽しいのかしら……ねっ、先輩」

「えっ、ええ……そうね……」

あやふやに返事をして、視線を走らせた。
やだなぁ。茜ちゃんの声が届いたのか、お局ナース様たちがこっちを睨んでいる。

それに悔しいけど、身体は恐怖に強張っている。
別にお局ナースの筆頭、井本京子が怖いわけじゃない。
彼女が人前もはばからずに身体を寄せている白衣の男……松山に対してだった。

「茜ちゃん、そろそろ行きましょうか? ほら、アナタもよ」

私は、彼女が食事をし終えたのを見計らって席を立った。
そのまま気付かない振りをして、ふたりでおしゃべりしながら通り過ぎようとした。
因みにおしゃべりの内容は、結構相談および恋愛相談ということで……

「あらぁ、これは水上さんに榊原さん。こんな時間まで油を売ってるとは、いい御身分ね。
私たちにはとても真似できないわ」

ちょっと嫌みすぎたかな。
お局ナースの井本が噛みついてきた。

私は相手の視線からガードするように、茜ちゃんを自分の脇に立たせた。
そして、さらりと言ってあげた。

「これは、井本さんにお連れの皆さん。新参者の私たちに対する手厳しいご指摘、感謝いたします。
ですが、ここは職員の方や一般の方が普通にお食事する場ですよ。
間違っても患者様を預かるナースとして、夜のホステスのような仕草はどうかと思いますが……
ねえ、井本先輩。それに、松山先生っ!」

私は当事者の井本ではなく、彼女をはべらせている松山に対してのつもり。

「相変わらず、新入りのくせに口の減らない子ね」

井本に同調するように、お付きのナースが頷いた。

「それでは、私たちは職場に戻らせていただきます。ごゆっくりお食事をどうぞ」

私は隣で固まっている茜ちゃんに目配せして歩き始めた。
背後から、あからさまに浴びせられる千里への悪口。
でも、茜ちゃんに対してのものは聞こえない。

取り敢えずはOKかな。
彼女たちの憎悪は、千里に集中しているみたいだからね。

「先輩、ごめんなさい。アタシ……怖くてなにも言い返せなくて……」

「なに言ってるのよ。あれで良かったのよ。
ただ当分は、気を付けた方がいいわね。ああいう人たちは、結構根に持つタイプだからね」

「はぁ~い。了解しましたぁ。ふふっ……♪
それと水上先輩。今日は、ごちそうさまでした。今度は、アタシにごちそうさせてくださいね。
それじゃ、お仕事お互い頑張りましょう。では、さよならです」

茜ちゃんは手を大げさに振りながら、自分の職場に戻って行った。

あの子と話してると、私の悩みも小さなものに感じてしまう。
本当に不思議な子ね。
おまけに、あの小柄な身体でカツ丼大盛りを完食するんだから。
アナタも、少しは見習ったら?



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