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屋外朗読























(二十二)


八月 十二日 火曜日 午前九時三十分  早野 有里
   


「どうした? 気分が悪いのか?
……仕方ないな、ここで降りるぞ」

駅に着いた電車の車内で、わたしは、ドアガラスにおでこをひっつけて、イヤイヤをした。

もう、どうでもいい。今日は大学に行きたくないッ。
こうなったら……自分勝手な子供になってやる!

「さあ、有里。急がないと……
 無理だったら、お兄ちゃんの肩に掴まって……」

副島が、体調を崩した妹を介抱するように、白々しく話し掛けてくる。

こんな時だけ、親切なお兄さんの顔をして、ずるいよ。
これじゃ、仲の良い兄妹みたいじゃない。

わたしは、涙で汚れた顔を袖で拭うと、後ろを振り返った。
……何人かの乗客と視線がぶつかり、目をそらされた。

明日から、この電車に乗れないかも……

わたしは、副島に半ば抱きかかえられるようにして、ホームに降ろしてもらった。

でも、絶対に言いたくない。
お兄ちゃん、ありがとうって……

続いて、カメラを片手に横沢さんも続いた。

「そろそろ歩けますかぁ?」

副島が、しゃがみ込んでいるわたしに、手を差し伸べている。

だから、ジロリと睨んで、言ってあげた。

「その指、折り曲げても構わない?」

ジョークだよ。ジョークッ!



その後、ふたりで言葉の応酬を繰り広げ、わたしはまた負けた。
お陰で、1階の改札フロアーに着いたときには、人影も疎らになっていた。

「……あのぉ?」

先を歩く副島を、わたしは呼びとめた。

「何か用ですかぁ……?」

副島だけでいいのに、ふたり揃ってこちらを振りかえる。
それに、横沢さん、カメラを向けないでよ。
わたしは、周囲に他の目が無いのを確認して、小さな声でお願いした。

「申し訳ないですけど、お手洗いに行きたいので、先に行ってくれませんか? 
別に、待ってもらわなくて結構ですから」

前半は、お願い。
後半は、叶いそうもない……希望。

「どうぞ、ご自由に……
私たち、有里様の為なら、いつまでもお待ち致します。
ところで……大の方ですか? 
それとも小ですか? お教えいただきたく……」

副島は、わたしのところに戻って来て、耳元で悪戯っぽくささやいた。
誰も見ていないけど……気が付いていないけど……
つい、カッとなる。

「あなたって、どこまでも最低ねッ!
女の子に対して、失礼とは思わないの……?! 
……いいわ。どうせ、しつこく聞きそうだから、教えてあげる。
……おしっこですッ! 
……これで満足よねッ!」

言い放ってから、バカバカしくなってきた。
なんで、トイレの許可まで取らないといけないのよ。
……それに横沢さん、いつまでカメラを向けているのよッ!

わたしは、駅員室の横に設置されている公衆トイレに向かった。
試しに後ろを振り返ってみる。
……どうやら、大丈夫そう。
あのふたりも、さすがにここまでは、ついて来なかったみたい。

このまま、逃げちゃおかな。
……でも……無理だろうな。

ところで、きみは、どうして付いてくるのよ。
ここは、女子トイレだよ。
……えっ?
わたしの歩き方が、ガ二股みたいだったから、心配でついて来たって……?
……そういうのって、有難迷惑って言うの。
それより、このままじゃマズイわね。
……もう、仕方ない。
一番奥が、洋式トイレみたいだから、そこに入るわよ。
さあ急いで……見つかるよ。

わたしは、扉を押して中に入り、便座の蓋を閉めた。
早く、穿き換えないと……!
でも、その前に……
きみ。何キョロキョロしているの……?
ここは、あなたが入っていい所じゃないんだからね。
さあ、ドアの方を向いて……
絶対に、こっちを見ないでよ。

閉鎖された空間で、息をこらして、ジーンズとショーツをまとめて脱いだ。
熱く火照ったデリケートな部分が、期待するように疼いてる。
それを照明するように、甘酸っぱいエッチな匂いが、個室を満たしていく。
……瞬間、心が空しく染まり、指が勝手に慰めようとする。

なにしてるのッ……!
急がないと、副島の嫌みな言葉責めが待ってるよ。

わたしは、下を見ずにトイレットペーパーを、下腹部に押し当てた。

「……はぅっ……」

切ない疼きと、湿りを帯びた紙の重さ……
この様子だと……

軽く折り畳んだジーンズの上に、クロッチを表にして丸まった白いショーツ……
わたしって、本当はいやらしいことが大好きな、淫乱な女の子かも……

誰に見られているか分からない電車の中で、あの人の指だけで絶頂させられそうになるなんて……
しかも、ジーンズの上からだよ。

本当は、恥ずかしくて死にそうだったのに、気持ちよくて……
はしたない声を漏らして……
おまけに、パンツもグショグショ……
エッチな匂いもプンプン……
このまま、あの人の指示に従っていたら、この先どうなっちゃうの……?

そうだ。きみにもう一つ命令。
わたしがここを出るまで、呼吸を止めていてね……

ところで、替えのパンツはと……
わたしは、サイドバッグをひらくと、中をかき回した。

……あったぁ。良かった。

あっ、きみ勘違いしないでよ。
これは、女の子のエチケットとして持っているんだから。
決して、アレの行為を想定してってわけじゃないからね。

さあ、新しいパンツも穿いたし……ここを出るよ。

……んっ?
……ちょっと待って。
……隣に誰か入って来た。
シィーッ、静かに……

…… ……
…… ……
…… ……
……!……!

……そうだよね。
……ここは、用を足すための場所だよね。

それなのに、わたしは……
股をひらいて……見たくない処を覗き込んで……汚れたあそこを清めて……

……何やってるんだろう。

……きみ……戻るよ。
……ううん。
……泣いてなんかいないよ。



「……小水にしては、遅かったですねえ。
本当は、う○ちをひねり出していたんじゃないですかぁ?
尻たぶから尻穴まで、念入りにマッサージしてあげましたからね。
ふふふっ……お通じも良くなったでしょう?」

改札を通り抜けた年配の男性が、半身で振り返り、わたしと目を合わせた。

「はぁーっ。お陰さまで、すっきり出せました。
……また、お願いしようかしら」

意外そうな副島の顔……

きみに質問だけど、トイレって何をするところだっけ……?


「久しぶりですねぇ……この通りを歩くのは何年ぶりでしょうか。
大学時代は、毎日通ったものですよ……♪
そう……あれは……」

副島は、なにを懐かしがっているのか、思い出を勝手に語りながら大学まで道程を歩いていた。
その隣に、無口で大柄な男が、お共のように寄り添っている。

わたしは、男たちと距離を置くようにして、後ろをとぼとぼと歩いて行った。
間違っても、知り合いだとか思われたくない。
……そう。
この人たちとは、全然関係ありません。
全くの赤の他人です。
わたしは、心の中で叫んでいた。

「あっ、このパン屋さん。まだ、潰れずに頑張っていますねぇ。
学生時代は、ここのカレーパンをよく食べましたねぇ。
……懐かしいですねぇ♪
……そこの、うどん屋さんも……♪」

あなた。一体、何歳なのよ。
ここの大学のOBらしいけど、卒業してまだ5、6年でしょ。
……それにね。あのパン屋さんは、わたしも利用しているの。
そう簡単に倒産してもらったら、困るの!

…… ……?
…… ……?!
……ちょっと待ってよッ!
あの人って……この大学のOB?!
……と、いうことは……わたしの先輩……?!

嫌だッ! いやだッ! イヤダッ!
他の大学に入るんだった。
……もう、遅いかな?

「有里様、遅いですよぉ。
あんまり、遅れるようなら置いていきますよぉ」

わたしは、思いっきり何度もうなづいた。
是非、置いていってください。



「珍しいな。君がここに来るとは……」

「……副島君、久しぶりだね」

大学に着いた途端、何人かの大学関係者が、あの男に話し掛けてくる。
それも、親しそうな笑顔で……

この人って……ただのOBじゃないの?って、だめだめ。
この人は危険。そう危険なのよ。

「副島さん。わたしは、講義があるので失礼します」

昔話に花を咲かせている今が、最後のチャンス……
わたしは、聞き取れないような早口でまくし立てると、教育科棟へと逃げ出した。

……お願い、呼び留めないでよ。

後ろを振り向かず……真っ直ぐ前を向いて……そして、祈り続けた。

校舎の入り口が見えてきた。
あの中へ逃げ込んでしまえば……

「有里さぁーん。どうしましたぁーっ……?
……こっちに来てくださぁーい……!」

……聞こえない。聞こえない。
わたしには、何のことかわからない。
……でも、名前で呼ばないでよッ!
……それは、ひじょーに困る。

仕方なく振り返って、周囲を、二度三度見回した。
そして、首を大きく左右に振った

副島が、校庭の端から手を振っている。
しかも、大声のおまけつきで……

芝生の敷き詰められた校庭は、今日も人影がまばらだった。
こんな、気温が急上昇するなか、好き好んで散策する物好きな学生なんているはずがない。

……それなのに、わたしは大声の主の元へと、全速力で駆けて行った。
熱い炎天下の中、芝生の上を走った。

……また、目立ってしまった。
わたしのいる場所が、どんどん減らされていくうぅぅぅ。



木陰の下は、思った以上に涼しかった。
白いベンチに男ふたりと、可憐な少女が座っている。
いや、少女は座らされていた。

「いい加減にして下さいッ!
こんなところ、誰かに見られでもしたら、絶対変に思われます。
……もう、いいでしょ。
講義に遅れますので、失礼します」

わたしは、席を立とうとした。
さっきから、3回くらい同じことを繰り返している。

「まあ、待ちなさい。
講義までは、たぁーっぷり、時間がありますよぉ。
それよりも……
聞きなさい。小鳥のさえずりを……
感じなさい。芝生を駆け抜けるそよ風を……」

「……ええ。
やかましいセミの鳴き声と、地面から吹き付ける熱風なら、教えてくれなくても感じることはできますよ」

「…… ……」

わたしの嫌みには無視ですか。

私たち3人は、散歩に疲れたお年寄りの休憩のように座り続けた。

「……そんなに私から離れたいなら……
代わりに、何かしてもらいましょうかぁ」

しばらくして、副島はポツリとつぶやいた。
そうしたら、今度は唸り始めた。

「うーん。何がいいでしょうか? うーん……」

そして、またしばらくして……閃いたらしい。

「……そうだ。朗読にしましょう。
……うん、それがいい」

ポンと手を叩き、ひとり納得したようにうなづいた。

「あなたには、ここで朗読をしてもらいます」

「……朗読?」

「はい。……確かあなたは、教師を目指すため、教員養成科を受講しているとか……?」

「……それが、何か……?」

「いえね。先生になるなら、本の読み聞かせも必要でしょう。
今から練習だと思って、今朝あなたに送った携帯メールを、この場で読みあげて下さい」

「えっ、あれを……ですか?!」

わたしは、早朝に届いたメールを思い出し、鳥肌が立った……悪寒も走った……
……それなのに、顔が熱く火照ってきた。

「そうです。
さあ、早く朗読して下さい。これも、行為の一つですよ」

この人……行為と言えば、なんでもわたしが従うと思ってる。
そんなわけないでしょッ!
……と、言い返したい。

……でも……逆らえないよね……

わたしはメールをひらくと、もう一度目を通した。

こんな低俗で……卑猥で……おぞましい文章……
声に出してなんか、読めるわけないじゃない!

……しかも、ここは大学だよ。
もし、誰かに見付かってでもしたら、ここには来れなくなる。

「どうしましたぁ。まだ、迷っているのですか?
また、これを読み上げましょうかぁ」

副島は、例の契約書をポケットから取り出した。

「そんな……待ってよ。
……読みます……今から朗読しますッ!」

わたしって、卑怯な女かも……
こうして、契約のせいにすれば、心は汚れなくて済むもの。
さあ、こんなお馬鹿な行為、さっさと片付けて、この男とオサラバしよう。

幸い、周囲には誰もいない。
これなら、見付からずに済むかもしれない。

わたしは、副島の前に進み出ると、携帯の画面に視線を落とした。

「……親愛なる、私のお嬢様。
早朝からのメールに驚かれたかも、わかりませんが、私の情熱が冷めないうちに、文章にしました。
是非、私の真の言葉と思い、お読みになって下さい。
……さて、昨晩は激しい行為に付き合っていただき、誠に感謝いたします。
あなたの清純さに心を動かされ、一枚づつ脱いだ後の、生まれたままの姿に心を揺さぶられました。
……私は覚えています。
あなたのくちびるの感触……あなたの白餅のようなおっぱい……
そして、慎ましい陰毛に、ぷっくり……膨らんだ……」

朗読の声は、次第に小さくなり、やがて途絶えた。
……これ以上は……読め進めない。
ここまでも辛かったけど、この後に続く単語は……

……ダメ。
女の子が口にしてはならない言葉……

わたしは、携帯を持った腕をだらりと下ろし、口許だけを金魚みたいにぱくぱくさせていた。

「これからというときに……だめですねぇ。
僅か2、3分の恥と、お父さんの命の重さの区別も判断出来ないとは……
いやはや、大したお嬢様です。
私には到底理解出来ません。
……もう、講義に行かれても結構ですよ。
では、さようなら……」

「…… ……」

副島の、挑発的な嫌みにも、今は言葉が出ない。
真夏の日差しの下、うつむいて、くちびるを噛んでいた。

そんなわたしの姿を、横沢さんのカメラが捉えている。
レンズの反射が、昨日の痴態を思い起こさせる。

処女を奪われたことに比べたら、こんな朗読……
もう一人の自分が、励ましてくる。
ベンチにちょこんと座っているきみも、後押しするようにうなづいた。

……まさか、きみ。
わたしを唆そうとしているんじゃ、ないでしょうね……ふふふ……

……そうよね。
あの男の下手な感想文なんて……大したことないんだから。
……だから、頑張って……有里。

わたしは携帯を持ち直し、動かないくちびるを励ました。

「申し訳ありません。もう一度、挑戦せて下さい。
今度は詰まらずに朗読しますから……お願いします」

わたしは、副島の前で深々と頭を下げて謝罪した。

「分かれば、いいんですよぉ。
もう一度、チャンスをあげましょう。
ただしッ! 失敗したペナルティーは、与えさせてもらいますよぉ……ククククッ……」

また、ペナルティーって言葉……
今度は、どんな恥ずかしいことをさせられるんだろう?

暑いのに心が震えて……それでも、うなづいた。



「それでは、早野有里の淫猥朗読ショーを始めまぁーす」

3分後、再び、副島の前に進み出る。
そして、ジーンズのファスナーを下に引いて、ウエスト部分を左右に開いた。

ペナルティー、その1。
パンティーの一部を露出させること。

そう……
わたしは白昼の校庭で、パンツをさらしたまま、卑猥な朗読をしなければならない。

「親愛なる、私のお嬢様。
早朝からのメールに驚かれたかも……」

さっきよりも、声も大きく感情も込めているつもり。

ここで、ペナルティー、その2。
メールに出てくる身体の部位を指で指し示すこと。

わたしは、話に連動するようにくちびる、胸の膨らみ、股間へと細かく丁寧に指を這わせていく。
もちろん、その間も笑顔を絶やしてはいけない。

やがて、問題の単語が近くなり、指が、むき出しのパンティーの上を下に降りて行く。
そして、大切な処に固定される。

背中に照りつける太陽のせいか、喉が渇いて、声が枯れかかる。
わたしは、大きく息を吸い込み、絞り出すようにその単語をしゃべった。

「……ぷっくり膨らんだ……お……お……お、おま○こ……」

わたし、この大学を卒業したら、小学校の先生になるのが夢だったの。
……でも、諦めたほうがよさそうね。
……だって、子供を正しく導く先生の卵が、大学の校庭でパンツをさらしながら、卑猥な単語付きの文章を朗読するなんて……
教師って仕事を馬鹿にしているよね。
一層のこと、大学を辞めて、風俗にでも入ろうかな……
そうすれば、もっとお金も稼げるし……お父さんだって……
……ううん……
今のは聞かなかったことにして……

「あなたの白餅のようなおっぱい。
そして、慎ましい陰毛に、ぷっくり膨らんだ、お、おま○こ……
忘れてはいけない、赤く充血したクリトリス。
……全て私の宝物です。
特に、あなたの乱れようには、目を見張るものがありました。
甘い蜜液を洪水のように溢れさせる、いやらしい、お、おま○こ……
刺激を求めようと堅く勃起した、はしたないクリトリス。
あなたの性器は、娼婦顔負けの一級品です。
……そうそう、書き忘れるところでした。
処女膜を失った気分はいかがでしたか?
ただ、その後の私の、お、お、おち○○んに取りつかれた表情は、見ものでしたが……私は好きですよ。
少し長くなりましたが、このあたりで失礼します。
お身体を大切に……」

死ぬような思いで口にした単語も、二度目には頭がマヒして、男性器の名称まで違和感なくしゃべってた。

わたしは、最後まで笑顔を絶やさず、余韻を残すように締めくくった。
そして、深くお辞儀し、芝生の上に倒れ込んだ。

朗読の途中から、頭が痛くて、吐き気がして……それでも、最後までやり通せたよ。
……それに、良かった。
誰にも見付からなかったみたいで……

きみも、褒めてくれるでしょ。
有里も、このぐらい、やれるんだから……

それなのに、芝生の上にカメラが転がっている。
横沢さん、ちゃんと撮影しなきゃだめでしょ。

……あれぇ? ちょっと目の前が暗くなってきた。
……誰かが……わたしを……抱きかかえている。
そして、誰かが不満そうに舌を鳴らした……



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