(二十九)
八月 十八日 月曜日 午後九時三十分 早野 有里 「こ、これで、いいんでしょ。
わたしとのセックスは、満足できました?」
わたしは立ちあがると、下着を身に着け始めていた副島に、背中から声を掛けた。
瞬間、染みの浮いたスカートが、汚れた下半身を隠した。
なぜか、いらだっていた。
だから、あえて挑発的に言ってみた。
「満足ぅ? 大人をからかうのはよしてくれませんかぁ。
今日のあなたは、ただ、お尻を突き出して、よがっていただけじゃないですか」
副島はズボンを履き終えると、見下すように、クククッと笑った。
「そんな……ひどい……
わたしは、あなたの指示に従って、あんな屈辱的なことをしたのに……
これ以上、どうしろというのよッ……?」
答えがあるなら、さっさと教えなさいよッ……!」
「まあ、落ち着きなさい。
どんな手練れの娼婦でも、最初から客を満足なんかさせられません。
特に、あなたのような初心な人は、相当仕込まないと使い物にはならないですからねぇ」
「……わたし、別に娼婦になるつもりなんか……
そんな、これ以上怖いこと……して欲しくないし……」
しゃべりながら、わたしの目は泳いでいた。
娼婦という淫らな単語と、壁に取り付けられた皮枷が、いけないことを想像してしまう。
「まあ、有里様がどう思おうと勝手ですが、私は、どんどんあなたを仕込んでいくつもりですよぉ。
みっちり鍛え上げて、高級娼婦として暮らせるくらい、セックス大好きの変態にしてあげますから、お楽しみに……」
「わ、わたしは、そんな……せ、セックスが好きな、変態さんになんかならないからッ!
わたしは、あなたの指示には従っても、絶対に心までは折れないからッ!
そのつもりでェッ……!!」
「どうぞご自由に。
私も、心の芯が強い人の方が好きですからねぇ。
……ああ、そうだ。
言い忘れていました。
今日のあなたの行為には、満点をつけておきますからご安心を……
では、私はこれで……」
副島は、身支度を整えると、さっさと部屋を後にした。
「なによ、散々わたしを馬鹿にしておいて……行為だけは満点だなんて……
やっぱり……わたしが子供だからかな……?」
ツ―ッと、お尻に付着した白濁液が、太ももの裏側を垂れていく。
「あーあ……
こんな、服を着たまましたりするから、スカートもシャツも汚れちゃった」
そうだ、シャワーを浴びよう。
熱いお湯を浴びて、汚れた心も身体もリセットするんだ。
……その場合、火照った肌には、熱めのお湯かな?
それとも、ぬるめの方かな?
……どっちだろう?
わたしは、けだるい身体を引きずりながら、怖い部屋を出ると、応接室につながるバスルームへ向かった。
副島はなにも言わなかったけど、この前みたいに、誰か迎えに来るのかな?
だとしたら、さっさとシャワーを浴びよう。
それまで、きみはこの部屋の見張りをお願いね。
…… ……
……なに?
そんな不満そうな顔をしないの。
だって、きみ……
わたしが責められるのを、ずっと覗いていたでしょう。
本当にスケベなんだから……
わたしは、バスルームに入って、身に着けているものをぜーんぶ脱ぎ去った。
そして、大変なことに気が付いた。
……ない!……ないッ?!
わたしの……パンツがないッ?!
副島に持っていかれたぁぁッ!!
…… ……?
…… ……??
…… ……?!!
と……いうことは……帰るときは……!!
ノーパンってことぉっ!!
「そんなの……いやぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」
八月 二十日 水曜日 午前一時 副島 徹也
「お呼びですか、副島先生」
応接室の扉がひらき、松山が入ってくる。
時刻は午前1時、私にとっては、快適な時間だ。
「何か、お飲みになりますか?」
私は立ち上がると、キャビネットをひらいた。
中には、それなりの食器と酒が準備されている。
急な来客にも、対応するためだ。
「いえ、私は結構です。
今晩は、夜勤なもので……」
松山は手で制すると、勧められる前にソファーに腰掛けた。
私も仕方なくキャビネットを閉じると、彼に対面するように座った。
「それにしても、落ち着きますねぇ、この部屋は……
ちょっと狭いかなという気はしますが、なかなかどうして、いいものですね」
「そう褒めていただくと、なんだかこそばゆい感じがしますが……
それと、先生という呼び方はやめてもらえませんか。
私は医師免許を持っていませんので……」
「いやぁ、これは失礼。
ただ、私よりも格上である取り締まり役を務めているものですから、つい……
それでは、副島さん。
今日は何の用件でしょうか?」
松山は嫌みな口調でそう言うと、私の背後にある扉に視線を泳がせた。
やはり、扉の向こうが気になると見える。
「ええ、そのことなんですが……
現在、私が担当しているのは、先生も御存じの早野有里ひとりなのですが、近々もうひとり追加する予定なんですよ」
「それはそれは、羨ましい話です」
「そこで、松山先生に相談なんですが、この応接室とこの奥にある調教部屋を、共有してはどうかと考えているんですよ……」
「ほう、この奥はそのような部屋になっていたのですか……
それで、なぜ副島さんの方から、このような話を持ちかけるのです。
あなたの作業がしずらいのではないですか?」
松山の視線は露骨に、私の背後を漂っていた。
「いえ、そのようなお気づかいは無用に願います。
聞くところによると、先生もひとり担当する予定が入っているとか……
それでは、先生の方こそ、ここを利用されないと、作業がしずらいでしょう」
「それは、まあ、そうですが……
ここまでいい条件だと、ちょっと見返りが気になりますね。
ずばり、なんですか? 副島さん」
「いやあ、ここまで話が早いと助かります。
私の要求は、担当する女の部分的な共有化をして欲しいんですよ」
「部分的共有……?」
「ええ、それぞれの女をたまには交換して、あるいは3人まとめての行為をやらせようと、思っているんです。
そうすれば、互いの行為に幅を持たせることが出来るし、女同士の心と身体の触れ合いも楽しめると思いますよ」
松山の目が輝いている。
こういうところは、同じ性癖を持つもの同士。
ほぼ、これで決定だろう。
「ええ、面白そうですね。
ある程度、目途がついたらぜひ、こちらからお願いします」
「それは、よかった。
合意出来てなによりです。
お祝いに、乾杯でも……おっと、これは失礼……ははは……」
私は乾いた笑いを投げ掛けながら、今後の予定を考えていた。
ここの秘密基地の使用頻度は、多少低下するが、行為のバリエーションが増えるのは捨て難い。
それに、松山とある程度接近しておくのも、損はないだろう。
その後、私は松山に自慢の調教部屋を公開し、男の喜ぶ顔に悦を感じていた。
ただ、ひとつ気になることがある。
松山が、当分の間、横沢良一を貸して欲しいと言ってきたのだ。
どうやら、担当する予定の女の弱みが、横沢らしいということは分かる。
だが、私も彼の行動は、出来る限り把握しているつもりだ。
色々と考えたあげく、ひとりの女が浮上する。
……と、いうことは……?!
松山が担当する女とは、彼女のことか……
灯台元暗しとは、まさにこのこと……
これは、私にとっても面白いことになりそうな気がしてきた。
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