(四十一)
八月 二十三日 土曜日 午後八時三十分 吉竹 舞衣 「副島さん。これからは、私があなたのお相手を致します。
……だから有里を解放してください。お願いします……」
もっと言いたいことも尋ねたいこともあったのに……
咄嗟に口を飛び出したのは、この身体を差し出すという……ちょっと格好いいセリフ……
そしてそれは、もう引き返すことの出来ない言葉……
「ほーぉ。いい度胸ですねぇ。
さすがは有里さんの大親友だけのことはあります。
友の身代わりに、自らが犠牲になる。
……麗しい友情ですねぇ」
「そんなことはどうでもいいんです。
さあ、早く私を犯してください。
……せ、セックスしてください。
その代わりに、有里には手を出さないで……」
私は、自分の発する言葉に驚いていた。
こんな大胆な単語を男の人に向かって話せるなんて……
……でも、これでいい。これでいいのよ、舞衣。
「ははははっ。これは驚きました。
私も人を見る目には自信がありましたが、これではまだまだのようです。
昨日会った感じでは、自分の主張を言葉にさえ出来ないような内向的な方とばかり思っていましたよ。
こうもはっきりと仰られるとは……
いやぁ、これは思わぬ誤算。いえ、嬉しい誤算のようですねぇ……ははははっ……」
副島がなにに笑っているのか? 何が嬉しいのか? よくわからない。
ただ、私が否定されていないことだけは確かなよう。
「しかしですねぇ、これは出来ない相談ですねぇ」
「えっ……?! どうして……?」
副島の想定外のセリフに私は続ける言葉を失った。
「これは私の勘ですけど、舞衣さん。あなた処女でしょう」
「……!」
「別に答えなくても構いません。顔に書いてありますから」
「……だから……だからなんだと言うんです……
有里にしたように私の処女を奪えばいいじゃないですかっ!
そうすれば……充分、代わりになるはずです」
脳裏に、昨日見せられた映像が蘇る。
初めて受け入れる男の人のモノに苦痛の表情を浮かべる有里の顔。
私の心がまた不安に怯え出す。
「それでは無理なんですよ……
いいですかぁ? 舞衣さん。
有里さんの父親の治療には莫大なお金がつぎ込まれているのです。
おそらく、彼女は最低でも10年。下手をすれば、20年は辛い恥辱に耐え続けないといけないでしょうねぇ。
ましてや、有里さんよりも性技に劣る舞衣さんでは、当面彼女の代役は務まりません」
「でも、どうしても有里の代わりをしたいんです。
……お願いします。
私、なんでもやりますから……どんな命令にでも従いますから……
そうでないと……私……私……」
10年、下手をすれば20年の恥辱……性の技術なんてなにも無い自分……
胸に太い針のように突き刺さる言葉の数々。
それなのに不思議……
心に嘘を付くことなく話せている。
もう少しこのままでいてね、舞衣の精神……
「……うーん。困りましたねぇ。
……そこまで舞衣さんが仰るのなら、ひとつこうしましょうか」
副島は額に握りこぶしを押し当てて考える振りをしている。
でもこの人、全然困ってなんかいない。
その証拠に冷酷なまでに目を輝かせて、顔に意地悪な表情さえ浮かべている。
きっとこんな目で有里を苛めたんだ。
……許せない……それでも……
私はゴクリと唾を飲み込み、副島の言葉を待った。
「実は私、先程からおふたりの美しい友情に感激致しておりました。
有里さんと舞衣さん。ふたりが行為に協力してくれるのなら、さっき話した年数を半分にしても構いませんよ。
頑張れば、たったの5年で終了するかもしれません。
……まあ、こんなところで妥協していただけませんか?」
「……私だけでは、だめなんですか?」
「そう落ち込まないでください。
あなたの協力のおかげで、有里さんの負担が半減するんですから……
彼女が聞けば泣いて喜びますよ」
「そのことなんですが……
お願いします。有里には私のこと内緒にしておいてください」
この部屋に入ってから何度目だろう。
私はまた副島に対して頭を深く下げていた。
「ええ、わかっていますよぉ。彼女にはなにも話しません。
……ただ舞衣さん。
あなたには、相当辛い努力をしもらうことになりますよぉ」
「はい、わかっています。
私、一生懸命頑張りますから、
努力して……せ、セックスを覚えますから、その分、有里を楽にしてあげてください」
「そうですねぇ、考えておきましょう。
ところで舞衣さん。今夜ここへ来ることをご家族の誰かには話されましたか?」
私は首を左右に振って補足した。
「今夜一晩、相手をしたって構いません。
だから早く有里の代わりが出来るように教えてください」
家族のことを聞かれるということは、まだ信用はされていないみたい。
でも私が数日家を空けたって、あの家族はたいして驚かないと思う。
確かに母は多少心配するかもしれないが、うまく言い含めれば心配ない。
ましてや、父は……
「そうですか。これは楽しみになってきましたねぇ。
それでは、舞衣さんの覚悟が変わらないうちに、身体を試させてもらいましょうか」
副島はそう言うと撮影の準備にはいった。
多分ここでエッチな行為を撮影して、時田という男にコレクションと称して提供しているんだ。
部屋中の壁に設置された無数のカメラ……そのレンズが私の身体を狙っている。
有里も、ここで恥ずかしい姿をカメラに晒したんだよね。
そんなこと夢にも思わなかった昨日までの私……
許してね、有里。
今からあなたに追い付くように頑張るから。
それまでもう少しの間、我慢してね。
私は揺れ動く心を睨みつけると、副島の指示を待つことなく身に着けているものを脱ぎ始めた。
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