(四十二)
八月 二十三日 土曜日 午後八時四十分 吉竹 舞衣 気持ち悪いくらいに静まりかえった室内に、スルスルと衣ずれの音だけが小さく鳴っている。
さっきまで撮影の準備に没頭していた副島が、無言のまま肌を露わにしていく私に視線を這わせている。
胸のあたりに刺繍があしらわれた白いブラウスを、頭から一気に捲り上げるように脱ぎ去りそのまま床に落とした。
続けて一瞬のためらいの後、ウエストに指を這わせてヒザ丈のプリーツスカートのホックを外す。ファスナーを引き下ろす。
そして、支えていた両指を勢いよくひらいた。
……ファサッ……!
太ももからふくらはぎへと、肌を優しくこすりながら落下する青色の布。
僅か30秒ほどで、私が身に着けているものは残り2枚だけとなる。
そう、胸のふくらみを覆うブラジャーと女性の大切な処を隠すショーツのみ。
カップ前面にお洒落なブーケの刺繍が散りばめられたピンクのブラジャー。
フロント上面に同じくブーケの刺繍が入ったピンクのショーツ。
私は出掛ける前に散々悩んだ末、上下お揃いの一番のお気に入りを身に着けることに決めた。
せめて今日までは、普通の女の子の気持ちを心の片隅に残しておきたかったから……
「おお、さすがは舞衣さん。
可愛い下着を身に着けていらっしゃる。
どこかのバーゲンセールで買い求めたような、安物のブラとパンティーを身に着けている誰かさんとは大違いですねぇ」
副島があてつけのように有里をけなした。
つまらない乙女心を覗かせた、わたしが悪かったんだ。
ごめんね……有里……
「お願いします。有里の悪口は仰らないでください。
あの子は……」
女性にとって下着もファッションの一部。
有里もそのくらいのことは当然知っている。
でも、彼女はそのお洒落をしたくても出来なかったのよ。
自分のことよりも家族の幸せのため……
その思いから少しでもお金を節約しようとしていたんだと思う。
……それだけに、これ以上有里に恥をかかせられない。
早く比較されないようにしないと……
私は背中に腕を回すとブラのホックを摘んで緩めた。
そして、むしり取るように肩紐を引っ張りカップをずらした。
プルンプルンと恥ずかしく揺れながら胸のふくらみがあらわになり、女の子の本能が震えた。
「イヤッ、み、見ないでっ……ください……」
小さく叫びかけて、慌てて口をつぐんだ。
それなのに身体が言うことを聞いてくれない。
私の両腕が勝手に胸の前でクロスしてしまう。
「どうしましたーぁ。ブラを外したら胸を隠して終わりですかぁ?」
カメラに囲まれて立ちすくむ私を副島が囃したてる。
「有里さんは最後の1枚まで、恥ずかしげもなく脱いでくれましたよぉ。
まあ、彼女は露出狂の気がありますからねぇ。
清純そうな舞衣さんには、無理で当たり前でしょうね」
「……有里は、そんな子じゃありません。
……ろっ、露出狂は私なんです……舞衣なんですっ!
だから、お、お願い……ご覧になって……ください……」
「うぅッ!」って小さく呻いて、両手を胸の前から引き剥がす。
腕の下でジットリと汗を滲ませた乳房に冷たい空調の風が直接吹き寄せて、ショーツ1枚の心細い身体を震わした。
これってまさか夢……?
そうよね。そんな恥ずかしい言葉を口にしながら人前で裸になるなんて……
舞衣はこんなはしたないことしないよね。
あなたは、恵まれた家庭で暮らすお嬢様なんだから……
私の知らないもうひとりのわたしが、凄い嫌みな声で誘惑する。
それを聞いて腰のあたりで居場所を求めている両腕が、また上昇を開始しようとする。
「ほらほらぁ、パンティーが残っていますよぉ~。
恥ずかしくて脱げませんかぁ。
まあ、それでもいいですよぉ。
代わりに有里さんをいじめるだけですから……
私も、その方が楽しいですしねぇ……クックックックッ……」
「……!? ……!! ……」
有里がいじめられるっ?!
私が不甲斐無いとあの子がいじめられる……!
ダメッ、それだけは絶対にダメッ……!
「……有里っ……有里ィッ……!!」
私は彼女の名前を絶叫するように叫んでいた。
副島がなんと思おうが、そんなの構わない。
もう一片の勇気が欲しかったから……
有里からそれを分けてもらいたかったから……
そして私は、心に潜むもうひとりのわたしを押し潰し殺した。
さあ、有里。
舞衣も生まれたままの姿になるからね。
もう、あなただけに恥ずかしい思いはさせない……
私はショーツのサイドに指を掛けると躊躇することなく引き下げた。
迷ったりしない。
見たければいくらでも見せてあげる。
あそこも……お尻も……おっぱいも……
きっとそうやって、有里も辱められたんだから……
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