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夫以外のモノ……挿入






















(5)


3月 30日 日曜日 午後9時  岡本 典子



描き終えて、ひざが崩れそうになる。
太ももを閉じ合わせそうになる。
大した運動もしていないのに、呼吸が苦しくて、身体中が汗びっしょりになっている。

わたしは、なんとか今の姿勢を維持すると、窓に映る河添を覗いた。
無駄な行為と思っても、黒い瞳の奥を探ろうとした。

「ははははっ、典子、お前変わったな。
たとえ元恋人とはいえ、亭主以外の男の前で、尻文字まで披露するとはなぁ。
それも素っ裸でケツ丸出しで……あげくには『めすいぬ のりこ』だからな。
この7年間で、随分と俺好みの淫乱に変身してくれた。
これは、典子の夫にも感謝しないとな……」

「お、夫の……あの人の悪口だけは仰らないでください。
夫は関係ありません。
私が……典子が淫乱なだけなんです。
エッチが好きで好きでたまらない、はしたない女なんです!」

河添が立ち上がり、結局、私も連られるように立ち上がっていた。

こんな言葉、今まで思いもしないし、口にしたこともない。
でも、自然な感じですらすらと、まるで魔法にかかったように飛び出していく。

不思議と恥ずかしさも感じない。
男が、丸い黒目をさらに輝かせているのも、全然気にならない。

そう、今から男の身体を相手にするんだから。
博幸さん以外のモノを受け入れるんだから、このくらいなんとも……ないよね。

「典子、なにをしているんだ。
さあ、こっちへ……」

ダブルベッドに横たわった河添が、私を呼んでいる。
いつのまにか、ガウンを脱ぎ捨てて、男のシンボルを真っ直ぐに立たせたまま、仰向けに寝転んでいる。

それにしても、大きなベッドね。
うちの寝室のベッドもダブルだけど、こんな高級ホテルのは全然違うのね。
スプリングも良く効いてそうで、寝具も肌触りが良さそうで……
これならいい夢を見られそう。
そうそう、以前に、朝、私が目覚めたら、博幸ったら床の……

目頭が熱くなってくる。
私、なに考えているんだろう?
そう思うと、私を見ている男の顔が、水に波紋が立つように歪んだ。

気が付いたらって感じで、私はベッドに這い上る。
そのまま、視線を合わせることなく、ひざ立ちの状態で男の腰を、急かされるように跨いでいた。

「ほーおぅ。ここまでは、以外にあっさりだったな。
旦那以外のモノを咥え込むには、それなりの抵抗があると思ったが、さすが、自ら淫乱、はしたないを連呼する女だけのことはある。
……では、さっさと挿入してもらおうか。
俺は一切関与しない。
典子だけで、俺を導き射精させるんだ。
もちろん、中出しさせてもらうぞ。
ちゃんと、与えたクスリは飲んで来たんだろう?」

私は小さくうなづいた。
うなづきながら、手のひらがさりげなく下腹部に触れていた。

典子の空の子宮。何も無い赤ちゃんの揺り籠。
結局、この場所で、私は博幸との愛の結晶を育むことができなかった。

でもね、この神聖な処は、博幸以外の男のモノを受け入れたりしないの。
そうよ。もし侵入したって、私は育ててあげないから。
この揺り籠は使わせないから!

「……ううっ!」

私は、硬くそそり立つモノに右手指を添えると、恥ずかしい割れ目へと導いた。
透明な液体を涎のように垂らした先端が、今にも、デリケートなお肉に食らい付こうとする。

いやだ、典子のあそこ。
怖がっているのかな? なんだか緊張してる?!

でも、これでは、この男にヴァージンを奪われたときのようじゃない。
ダメよ、典子はもう人妻なんだからしっかりしないと……!

「どうした典子? 動きが止まっているぞ。
ははははっ、俺の息子がそんなに怖いのか?
それとも、夫以外の者におま○こを間近で見られるのが、そんなに恥ずかしいか?」

「んん……い、いや……やめてぇ……い、いえ……そ、そうでは……ありません」

男が言葉で挑発する。責めてくる。

私はイヤイヤをしようとする首を、無理矢理固定した。
引きつった笑顔を作り、上から男を見降ろした。
子供じみた昔のまんまの男の瞳を、目だけで挑むようにして見つめた。

そして、左手の2本の指でVの字をつくると小陰唇の扉に押し当てる。
ぷっくりと熱を持った感触に、一瞬指がたじろぎ、それでも、そっとゆっくりとひらいていく。

さあ、覚悟はいいわね……典子……

太ももの表の筋肉に緊張が走る。
90度だったひざの関節が、その角度をじわじわと縮ませ始める。

ズズズッ、ズ二ュッ……

「んんんッ……んんむぅぅッ!」

視線が下がり、腰が落ちていき、膣の入り口が涎を垂らす先端部分を飲み込んでいく。

首が懲りずにもう一度イヤイヤをしようとする。
私は奥歯で頬の肉を強く噛みながら、それをくい止め、空いた両手を男の胸に乗せた。

そのまま更に腰を落としていく。
ゆっくりと体重を乗せていく。

長く使われなかった膣のなかを、硬くて太い肉の棒が、隙間を埋めるように侵入していく。

ズ二ュッ、ズ二ュ、ズ二ュ、ズ二ュゥッ……

「あぁっ、ああっ……はいって……くるぅ! のぉ、典子の膣(なか)に……はいって……きちゃう……」

もっと、膣(なか)のお肉が引きつると思ったのに……
私、感じてないから、潤っていないから、もっと挿れるの手間取ると思ったのに……

どんどん入っていく。
どんどん、典子の膣が埋まっちゃう。

これだと……これだと……私って、本当に淫乱なのかも?
夫以外のモノを平気で咥え込む、変態なのかも?

「昔のままだ。お前の膣(なか)は、あの頃と全然変わっていない。
この全体を包み込むような締め付け具合も、火傷しそうな熱い粘膜も……」

男の声が、遠くで聞こえる。
なにか私のことを話したみたいだけど、そんなの全然わからない。

今はただ、男のモノを飲み込むだけ……
心が良心が悲鳴をあげても、お尻を落とすだけ……

私は、男の胸に指を立てながら、ひざの力を抜いた。
体重を全て解放した。

ズ二ュゥ、ズ二ュ、ズ二ュゥッッ……!

「んんああっ、お、奥まで……太くて硬いのが……典子の奥いっぱいまでぇっ……!」

心の端ッこに追いやった典子の女が、クスッて笑った気がした。



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夫以外のモノ……騎乗位






















(6)


3月 30日 日曜日 午後9時15分  岡本 典子




私は、男の太ももの上にお尻をペタリと落としたまま、うつむいていた。
膣のなかに感じる太い肉の棒の存在。
それを、しっかりと確認しながらも、次の行動へ移せずにいた。

ごめんなさい……博幸。
こんなふしだらな妻を許して下さい。

時間が経つほど、罪悪感が増していく。
男のモノを感じれば感じるほど、それが誰のモノか?
紛れさせた意識が鮮明になっていく。

河添拓也……元恋人……
そして、今の私が絶対に逆らってはいけない人……

「さあ、典子。俺をお前の旦那だと思って、腰を上げ下げするんだ。
息子が気持ち良く射精するまでな。
……ほら、さっさとしないと、お前さんの夢のカケラがどこかへ飛んでいくぞ」

「……はあ……はい……うっ、うううんんッ!」

私は、ベッドについた両ひざを持ち上げると、代わりに足の裏をひっつけた。
そう、膣に河添のモノを挿れたまま、私は、男を跨いだ状態でしゃがんでいた。
これからは、ひざの屈伸だけで男を絶頂に導かないと……

博幸との夜の営みで、たまーに上に跨ったこともあったけれど、私、気持ちいいって叫んでるだけで、あのときは、彼が下から突き上げてくれた。
でも、今は違う。
こんな恥ずかしい姿勢のまま、自分から動かないといけないなんて……

私は再度、河添の胸に両手を乗せ直すと、それを支柱のようにして腰を持ち上げていく。

「はあぁっ、んんんっ……ぬ、抜けちゃうぅぅっ!……」

ズ二ュ、ズニュと卑猥な肉どうしがこすれる音がして……
久々のエッチなゾクゾク感に心が戸惑って……

膣が一気に解放されて、太ももの筋肉がプルプル震えて……

でも、こんなの……きつい……!

エラの張った先端が抜けきらないまま、腰がもう一度落ちていく。
ペシャリと乾いた音がして、お尻がまた太ももにひっつていてる。

前に博幸に教わった。
女の人が男の人の上に跨って、乗馬に似ているから騎常位だって……
女性が恥じらいを浮かべながらセックスするから、男性は興奮するんだって……
でも、この体位は、男女の協力がないと、ひとりだけでは、しんどいだけだよって……

……そうだよね。
だからこの男は、私に騎常位をやらせてるんだ。
私を辱めようとして……
私の苦痛と羞恥に震える顔を堪能しようとして……

ズ二ュッ、ズニュ、ズニュ……ズズズ……

「ううぅぅんんっ、んくぅぅっ……!」

ペシャンッ……

ズ二ュッ、ズニュ、ズニュ……ズズズ……

「ううんん、膣(なか)がこすれて……ああぁぁっ……!」

ペシャンッ……

私は、男に跨ったまま、ひざの屈伸を繰り返していた。
ジャンプを繰り返すカエルのように、両手を揃えたまま両足を恥ずかしいくらいにひらいて……
大切な処に男のモノを咥え込んだまま、お尻を何度も上げ下げして……
男を気持ち良く導いて……

こんな体位辛くて恥ずかしいだけなのに……
こんなセックスで感じたくないのに……

典子の心にセックスの火が灯り始めてる。
膣の壁からジワジワって、エッチなお汁が滲み出してる。

「やっとこなれてきたようだな。典子。
どうだ? 久しぶりのセックスは……?
男のモノの味は……?」

「い、いやぁ……そぉ、そんな言い方……しないでぇ……はぁ、はあ、んふぅぅ」

私は河添の的を得た指摘に、無意識に頭を振っていた。
淫らな典子を演じる方が得なのに楽なのに……
なぜって? 感じで、素直じゃない私が否定する。

ぬちゃっ、じゅちゃっ、ぬちゃっ、じゅちゃっ……

「あんぅぅっ……くぅぅぅっ」

淫らな肉をこする音まで変化してる。
お尻が落ちるたびに、エッチなお汁が、シリンダーから押し出されるように溢れてる。

太ももの筋肉はパンパンに張って泣いているのに、それなのに、どうしてよ!
典子の性欲が風船のようにふくらんできちゃう。

「はあぁ、はああんっ……だぁ、だめぇ、腰の動きがとまらないぃっ、とまらないのぉっ!」

鼻に抜けるようなソプラノボイスで、さらにエッチな声を出そうとくちびるを大きくひらいて……
もう、感じる演技なんかじゃない。
本当に、気持ちいい声で叫んでた。

典子の大切な人の面影が霞んでいく。
心の中をどうしようもない快感が渦巻き始めてる。

「ほら、もっと感じろ!
俺の息子を典子の膣で締め付けてみろ!
忘れるんだ。忘れろ! なにもかも忘れてしまえ!」

ぬちゃぁ、じゅちゃっ、ぬちゃぁ、じゅちゃぁ……

「いぃぃ、いやぁ……そ、それだけは……いやぁぁ……」

寝転んでいるだけの河添が叫んでる。
典子のどこかへ飛んで行っちゃいそうな目を、黒い瞳が追い掛けている。
そこに、さっきまで覆っていたフィルターは消えていた。
見えなかった瞳の奥底まで晒け出してる。

これが……彼の心?
これが……河添の本心……なのよね?

私の見えないベールが、ビリビリと音を立てて裂け始めてる。
だから、私も叫び返していた。

ぼやける記憶を守りたくて……
河添に純な典子を見せたくなって……

そうしたら……なぜなのかな? 涙が溢れてきて……



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夫以外のモノ 騎乗位 中出し






















(7)


3月 30日 日曜日 午後9時30分  岡本 典子



ぬちゅぅっ、じゅちゅっ、ぬちゅぅっ、じゅちゅっ……

「んんあっ、わたしぃ、わたしぃ……んんんんっ、いい、いいのぉっ!」

もっと気持ちよくなりたくて、右手でおっぱいを揉んでいた。
裏表のない典子は、こんなにエッチなのって、左手の指で硬い乳首を転がして、パチーンって弾いた。

そうよ。今は、ただ無心になってセックスするだけ……
この男と昇り詰めるだけ……
絶頂するだけ……

「ううっ、そうだ! 俺の前でもっと叫べ!
もっと鳴いてみろ!」

私の下で河添が呻いている。
鼻の穴を大きくして、淫靡に染まる空気をいっぱい取り込もうとして……

射精するのね。
典子の膣(なか)に思いっきり射精したいんでしょ?

……いいわ。構わないよ。
……さあ、出して。
感じちゃう膣の壁に、震えちゃう膣の奥まで……

ぬちゅぅっ、じゅちゅっ、ぬちゅぅっ、じゅちゅっ……

「ふわぁぁぁっ、あぁ、あそこがぁ……溶けちゃうぅっ、はぁ、はあっ……おかしく……なっちゃうぅぅっ!」

とっくにひざの屈伸なんて出来なくなっていた。
ひざ立ちで、お尻をペタリとひっつけたまま、腰をグルグルって回転させた。
前、後ろって前後させた。

この感覚って、久しぶり……
セックスがこんなに気持ち良かったなんて、典子、忘れてた。

博幸……私やっぱり、あなたには嘘なんかつけない。
正直な典子でいたいの。
そして、この男の前でも……

「あぅっっ、くぅっっ……もう……だめぇ、イキ……そう……」

「はあ、はあっ、ううっ……お、俺もだ……」

河添の腰が、下から私を突き上げる。
おっぱいを揺らして、膣の壁をこすって……子宮も揺らされた。

なによ、今さら……
あなた、言ったじゃない。
『俺は関与しない。典子だけで、俺を導き射精させるんだ』って……

なのに、今になって共同作業なんて……ずるい……
私たち、夫婦でもなんでもないのに……

「はぁはぁはぁ、うぅぅっ、で、でるぅっ! 膣(なか)に……だすぞっ!」

膣が一気に押し広げられる。
河添のモノが膨張するように硬く大きく膨らんだ。

「まぁっ、待ってぇっ……わ、わたしもぉ……典子もぉっ……」

この男と一緒にイキたかった。
私だけ置いていかれるなんて、もうイヤッ!
だって、死ぬほど怖かったんだから……寂しかったんだから……

だから……だから……
あそこの筋肉を力むようにして収縮させた。
爆ぜようとするアレをキューッて締め付けた。

張り詰めたおっぱいをギュウギュウ揉んで、硬い乳首に爪先を立てて……
腰を訳がわからなくなるまで振って、感じるクリトリスまで押し付けて……

この感覚……そう……この快感……?!

ぬちゅぅ、じゅちゅぅ、ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゅ、じゅちゅぅぅ……

「ふあぁ、はあぁ、飛んじゃうぅ……典子ぉ、とんじゃてぇ……飛びながらぁ、イッちゃうぅぅ……いぃ、イクゥゥゥゥゥッッッ!!!」

「うぅぅっ、だぁ、だすぞッ!」

どぴゅッ、どぴゅどぴゅどぴゅ、どぴゅぅぅぅぅッッッ……!

熱くて力強い水流が、膣(なか)に噴き付けられる。
膣壁に留まる微かな記憶を消し去っていく。
震える子宮の扉さえ破ろうとする。

私は、しびれるような快感に、背中を弓のように反らせた。
男の身体の上だということも忘れて、両腕を後ろに突いて、大きく大きく仰け反らせた。

顔が天井を向いて、くちびるが何か叫んでる。
閉じた両目から新鮮な涙が溢れて、私は何かを失い、新しい何かを手に入れたことを実感する。

博幸、ごめんね。
騎常位って……ふたりの共同作業でするものだったんだね。
もう一度、あなたに会えたら……
もう一度、あなたに巡り合えたら……

典子も一緒に、腰を振ってあげるね……



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典子の哀しい過去 その1






















(8)


3月 31日 月曜日 午前2時  岡本 典子



午前2時。人の気配がまったくない駅前の大通りを、ひとり私は歩いていた。

たまにすれ違う車のヘッドライトが、私を照らし出しては、長い影を残して通り過ぎて行く。

「これで……良かったのよね……」

結局私は、あの後も河添との情事を続けた。
体位を変え、お互いのくちびるを吸い合い、お互いの性器に顔を寄せて、舌を這わせて……
河添が上になり、私がまた上になり……
呻いて、獣のように叫んで……
恋人のようにささやかれて、夫婦のようにじゃれ合って……

わたしは夢を観ていた。
河添も、途中から夢を観る目をしていた。

「きゃああっ!」

突然、季節に逆らうような冷たい北風が吹き付けてきた。
私は、少女のように黄色い声を上げると、浮き上がるチェックのスカートを両手で押えた。
慌てて周囲に視線を走らせる。

「……ふふふっ、典子ってバカみたい。
こんな汚れた女の下半身なんて、誰も見たくないのに……
ね、博幸もでしょ?」

やっぱり、タクシーに乗れば良かったかな?
別れ際に、河添がタクシーを呼ぼうとした。
でも、それを断ったのは、私だった。

なんだか、ふたりでいるところを、他の人には見られたくなかった。
典子の精神は、そんなに図太くなかったから……

私は、なにかに背中を押されるように、硬い表情のまま足早に歩いていた。

暗闇に覆われた夜空に、立ち並ぶビルの行列。
まるで巨大なコンクリートの墓標みたい。
ついこの前まで確かに存在した、飾らない、普段着のままの人たちが営む、小さな小さなお店たちの……

私は、『コスモセンター東』っていう、全然生活臭の感じない交差点を左に曲がった。
そして、ほっと一息つく。

巨大なビルに隠れるようにして、平屋建てや2階建てのありふれた街並。
車一台しか通れない狭い生活道路。
不便で、雑然としていて……

でも、そこは、典子の大好きな街。
典子の大切な思い出がたくさん詰まった、かけがえのない街並。

私は寝静まった街を起こさないように、歩く速度を落とし気味にする。
それでいて軽い足取りで、少しだけ息を弾ませながら、低い軒先の下を潜るように歩いていく。

やがて、縦長の赤地に白抜きの看板が見えてきた。

古い民家を改築した2階建ての店舗兼住宅。
周囲に溶け込みやすいように、外壁はいじらずに、内装と間取りだけリフォームしようって決めて購入した我が家。
たった1年ちょっとだったけれど……
その平凡で平和な毎日が永遠に続くって、信じて見守ってくれた我が家。
ふたりだけの頃にも、『ちょっと広すぎたね』って、笑ってた私たちの我が家。
今の私には、もっと広すぎて寂しくて、でもそれでいて、どんなことをしてでも絶対に守らないといけない我が家。

その入り口横に、ちょっとだけ自己主張するように、その看板は取り付けられている。

『ベーカリーショップ 岡本』と……


「ただいま、博幸」

私は、店の前に立つと空を見上げるように、建物全体を見回した。
たった半日しか経っていないのに、まるで長い旅行から帰ってきたような懐かしさに包まれている。

店の入り口兼玄関の透明なガラスに糊づけされた2枚の張り紙。
左端に遠慮気味に貼ってあるのは……

『おいしい焼き立てのあんぱんあります』

お世辞にも達筆とはいえない博幸の手書きの文字と、これもまた、お世辞にも上手とはいえない手描きのあんぱんの絵。
そして、もう1枚。入り口前に堂々と貼ってあるのは……

『しばらくの間、休業させていただきます』

博幸より達筆で、それでいて、全てを否定する私自信の手書きの文字。

私は鞄からカギを取り出すと、引き戸のカギ穴に差し込んだ。
カチッって音がして、ガラガラって戸がひらいて……?

「えっ? 開いてる?
カギ……掛け忘れたのかしら?」

ゾクッて嫌なものを感じて、私は自分の家なのに、足を忍ばせて中へと入り、照明のスイッチを入れる。

ひぃ、ひぃぃぃっ! ……って、ど、どうしてあなたがここにいるのよ?!
あなた、しばらくの間、旅に出るって言ってたじゃない?
確か……『全国美少女ウォッチャーの旅』とかなんとかって……?
それなのに、どうしてよ?!

その謎の人は、お店のレジの隣で福助人形のように座っていた。
……違う、招き猫かな?

まあ、どっちでもいいけど、そんなところにいたら、誰だって驚くでしょ。
えっ、旅行に行こうとしたけど、お小遣いをもらっていなかったって……?
だから、私が帰って来るまで留守番して待ってたっていうの?

……ちょっとぉ、私、あなたの保護者じゃないわよ。
あなたが勝手に、私にまとわりついているだけじゃない。冗談じゃないわよ!

……えっ、今日はお詫びに、有意義な情報を持って来たって……?
なになに、『時田金融グループ本社、極秘潜入マル秘レポート』って……

あなた……B級スパイ映画の影響受けすぎよ。
まあ、私もそのレポートには、ものすごく興味があるし……

もう、仕方ないわね。
さあ、ここではなんだし、上がってくれてOKよ。
……ただし、あのベッドでは勝手に寝ないでよね!



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典子の哀しい過去 その2






















(9)


3月 31日 月曜日 午前2時30分   岡本 典子



はい、お茶淹れてあげたわよ。飲みなさい。

……な、なによ? 
私の顔をじっと見つめて……

えっ? こんな時間にどこへ行ってたのかって……?
髪が半乾きだし、石鹸の香りがするって……?
出掛ける時は、ひどく落ち込んでいたのに、今は吹っ切れたようにサバサバしてるって……?

あなた……スパイ気取りなだけあって、なかなかの観察力ね。

……もう……仕方ないわね。
あなたにだけは、教えてあげる。

まあ、この半年、あなたには随分といろんな意味で勇気づけられたこともあったから、今さら隠しごとをしてもしょうがないしね。

実は私……男の人に抱かれてきたの。
男が予約してくれた高級ホテルで、夜景を観ながらエッチしたの。
……そう、セックスしての。
それも、彼って、私の学生時代の恋人だった人……

ね、さすがのあなたも驚いたでしょ?
こんな尻軽女だったなんて思わなかったって、軽蔑するでしょ?

ううん、お願いそうしてよ。
その方が気持ちが楽になるから……

それで、そのまま、なにも聞かずに耳を傾けていてね。

私、今晩は色々と話したい気分なのよね。
ふふふっ、大丈夫よ。軽くお酒を飲んできただけだから……
さあ、そこに正座して、典子のお話をちゃーんと聞くのよ。

高校卒業後、両親の離婚騒動で嫌気がさしていた私は、生まれ故郷のいなかを飛び出しちゃったの。
街に出ればなんとかなるって安易に考えた私は、当時運よく募集してた求人広告に応募して、パンを製造している食品工場で事務職として働きはじめた。

そんなに大きな会社ではなかったわ。
この地域ではちょっと名の通った会社だったけど、従業員50人程の大手食品企業の協力会社って位置づけで、主に大手流通チェーンへ収める食パンを製造していたの。

そして、あっいう間に3年が過ぎたある日のこと、その親会社からひとりの男性が現場研修って形で出向してきたわ。

名前は岡本博幸。そう、私の旦那様だった人。
年令は、私よりふたつ年上で、当時23歳。

私が事務職をしていたせいか、よく彼と話すうちにお互い惹かれるものを感じて、恋人どうしの関係になるのにそれほど時間は掛らなかった。

そして、また1年が過ぎ、博幸が親会社へ戻る日の前日。
私、プロポーズされちゃった。

「結婚してください」って、飾りっけのまったくないシンプルな言葉で……

私、その場でうんって大きくうなづいて大粒の涙を流して、これからはふたりで幸せな新婚生活するぞって……
だって、博幸のここまでの人生って、私なんか比べ物にならないくらい悲惨な境遇だったから。

幼い頃にご両親を交通事故で亡くしてたから、親戚の家を転々としながら苦労して大きくなったらしいの。
あまり、その頃のことを話したがらないから、きっとものすごく辛かったんだろうな……って。

そして私たちは、結婚式もあげることなく、ふたりだけの新しい生活をスタートさせたわ。
博幸が勤める会社の近くにアパートを借りて、あまり贅沢はできなかったけど、誰にも干渉されない幸せな日々だった。

そんなある日、突然博幸が思い詰めた表情で話し始めたの。

ふたりで、パン屋さんの店を持ちたいって……
独立してパン屋さんになるのが、夢だったと……

私、一瞬、何が何だかわからないくらい驚いたけれど、彼の本気の目を見て納得したわ。
だから、手分けして翌日からお店探しを始めたの。

不動産屋さんに相談して、休日になると、ふたりして朝から晩まで、色んな街を歩きまわって見て回って、ようやく辿り着いたのが、このお店だったわけ。

近くに主要駅がある割には、下町の風情が色濃く残っていて、接する人みんなが親切で、私、この街に来たの初めてだったのに、昔から住んでいたような気分になっていたの。
もちろん、博幸も同じだったみたい。

ふたりして、うなづきあって即、決めたわ。
そして、その日から私と博幸、ふたりの夢の実現が始まったの。

機材の購入から、お店の改築、私たち住まいの改築。
これまで節約して貯めた貯金を全部使って、銀行でローンまで組んで、あとは、本当に寝る間も惜しんで一生懸命頑張った。

来る日も来る日も、売れ残ったパンを見て悔し涙を流して、売り切った日には、抱き合って嬉し涙を流して……
よく考えたら、私たち夫婦って、毎日なにかしらの涙を流していたような……

まあ、その甲斐あってか、最初の頃は、まばらだったお客様も、日を追うごとに増えていって、1年経った頃にはお店の経営も黒字が安定するようになっていたの。
私と博幸も、やっと落ち着いた気分になって、開店一周年の記念の日には、近くのホテルでプチ贅沢なディナーを食べて、その日の夜は、久しぶりに朝まで夫婦の営みを……って、私、なに言ってるのかしら。
さっきの話は、聞かなかったことにね……

でもね、いつまでも続いて欲しい幸せは、ある日を境に恐ろしい不幸せに変わっちゃった。

あなたも知っているし、目にしてきたでしょ。
活気ある街づくりをスローガンにした、再開発を……



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