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父の思い出 迫りくる恐怖























(四)


七月 十八日 金曜日 午後十時四十分  早野 有里
  


        きみも、なかなか気がきくね。
        親子水入らずの会話にはちゃんと席を外してくれるとは、感心感心。

        今、食事が終わって時間があるから、ここでお父さんのことを話してあ
        げるね。



        父の名前は、勇。
        この街の不動産会社に勤めていたんだ。

        性格は、一言で説明すると真面目一筋。
        仕事は当然、家庭内のことから近所付き合いまで一切手抜きなし。
        どちらかと言うと小柄で華奢な体型で、若い頃は身体も弱かったらしい
        けど、父ほど一生懸命という言葉の似合う人はいなかった。

        だからと言って、昔の猛烈社員を想像したりしないでね。
        父の生き方の中心には、常にわたし達家族だったんだから。

        わたしとお父さんとの思い出は大切な宝物。
        ただ多すぎて、ここでは話せない。
        それはまた時間ができた時にでも……

        今は、もっと大切なことを説明するね。
        そう、この物語の本質部分に関わる重大な話……

        お父さんって、さっき話したような性格でしょ。
        おまけに部下想いで、会社の偉い人の評価も高かったからどんどん出世
        していったの。

        わたしはあまりうれしくなかったけどね。
        だって、お父さんと一緒にいる時間が減っていくんだもん。

        でも、お父さん。ちょっと頑張り過ぎたのかもしれない。
        社内には、そんな父を妬む人達もいたみたいだから……


        そして、今から2年前。
        きみも覚えているでしょ……? 駅前の再開発が突然始まったことを……

        古い街並みを更地にしてオフィスビルや高層マンションを建てて、『活力
        ある街づくり』がキャッチフレーズのあれ。

        実は、お父さんの会社も参加していたんだ。
        そしてこのプロジェクトを任されたのが、わたしの父だったの。
        後からお母さんに聞いた話だけど、お父さん張りきって仕事に打ち込ん
        でいたみたい。

        ……でも、現実は甘くなかった。

        わたしも思うことがあるけど、このあたりの人たちって結構保守的で頑
        固なのよね。
        江戸時代から続く古い街だからかな。

        そのせいか、土地の取得交渉も相当大変だったみたい。
        それでもお父さん、文字通り必死で頑張ったの。

        あの頃の父の姿は、わたしもよく覚えている。
        朝から夜遅くまで土日の休みも関係なしに、ひたすら仕事、仕事、仕事。
        わたしとお母さんが身体を心配するくらい、仕事、仕事、仕事。

        でもそんな父の努力が実を結んだのか、難しい交渉も次第に成果が出始
        めて、2か月くらい前にプロジェクトは無事に成功を収めることができ
        たの。

        これのどこが、重大な話って……?
        きみ……ちょっと、せっかちだよ。

        わたしのベッドに腰掛けていいから、もう少しの間付き合ってね。
        あっ、勝手に寝転ばないでよ。
        パジャマにも触らないッ!

        えーっと、どこまで話したかな。
        うーん、そうだった。プロジェクトが成功したところまでだったね。


        そんな輝かしい成果を収めたのに、その晴れ舞台に父の姿はなかったの。
        理由は、突然の解雇。

        ……お父さん、会社をクビにされちゃった。

        ……なぜって?
        それは、今は言えない。

        ただ、お父さんは決して悪くない。
        それは、わたしとお母さんが保証する。
        悪いのは……ううん、なんでもない。

        それよりも、もっと不幸なことがわたしたち家族を襲ったの。

        ……あれは、父が会社を去って1週間ほど経ったある日。

        お父さん、突然頭が痛いと言いだして、この街の総合病院に救急車で運
        ばれたの。
        そして診断の結果、命にかかわる病気だということが判明して、その日
        の内に手術、入院することに……

        幸い、手術は一応成功。
        ただ、病気の後遺症のせいか意識が戻らなかった。
        目は時々ひらくんだけど、わたしたち家族の呼びかけにも全く反応なし。

        それにお医者様の話だと、この病気はまた再発する可能性があるって……
        その時は命の危険性が高いって教えてくれた。

        わたし、どうしていいか分からなくなって思わず泣いて、横を見るとお
        母さんも泣いてた。
        情けないよね。わたしが出来ることって悲しむだけだなんて……

        そんなわたしの心に、現実が喝を入れた。

        父の病状だけではない。今後の高額な治療費、家族が生きていくための
        収入……

        お母さんは、近くのスーパーでパートのレジ打ちの仕事をみつけた。
        わたしも大学を中退して働くと言ったんだけど、それはお母さんに止め
        られた。

        あの時はすごく反発したけど、今想えば娘にまで迷惑を掛けたくないと
        いう、親心だったのかもしれない。

        ……でもね。親子でそんな他人行儀なことって、いやだよね。
        それでわたしも、自分なりに考えて今のアルバイトを始めたんだ。

        ……これで大体分かったでしょ。
        わたしたち家族のこと……

        ただ、これは表の話……

        裏に潜む、悲しくて辛い現実は今日はちょっと……
        それにわたし眠くなってきたから、もう寝るね。
        おやすみなさい……



             七月 二十一日 月曜日 午後二時   副島 徹也  


        「副島様、このベッドはどこに配置します……?」

        「ああ、それは奥の部屋に……そう、東側の壁いっぱいに……」

        使われなくなって久しい薬品倉庫だった部屋の改装も、順調に進んでい
        る。

        私は内装のチェックを済ませると、壁糊の匂いから逃れるようにドアを
        開けた。

        目の前の廊下を白衣姿の男が通り過ぎていく。

        ……そう、ここは病院。

        私が立っているのは、玄関ロビーから続く長い通路から角を2回ほど曲
        がった所にある、あまり人目につかない元薬品倉庫の前。
        現在、取り掛かっているのは、使われなくなった部屋を間取りごと改修
        し私の仕事部屋にすること。
        簡易応接室・バス・トイレに割り当てた半分の面積をあてがい、残り半
        分を私の趣向に合わせた部屋に改築させている。

        あなたにも、少し紹介しましょうか……?

        お転婆娘の相手ばかりしていては、お疲れになるでしょう。
        こういう息抜きも大事ですよ。

        ええ、壁はコンクリートの打ち放し。
        床はリノリウム。
        それに簡易ベッドと小道具を入れるボックス。

        随分と殺風景に思うかもしれませんが、装飾も施してありますよ。

        壁の上端から皮枷の付いた鎖が2本ぶら下がっているのが分かりますか。
        そして、壁の下からも同じく2本。
        合計4本の皮枷付きの鎖。

        これで何をするのか、感の良いあなたならご理解頂けると思いますが……

        因みに、同じ物をベッドにも取り付ける予定です。
        ただし、こちらはベッドの四隅ということになります。

        この後は天井に滑車なども欲しいところですね。

        ……それとですね。もうお気づきかと思いますが、部屋中に複数の監視
        カメラを設置してあります。
        もちろん、応接室にバス・トイレにも……

        たかが監視カメラと思わないで下さい。
        画質はそこらにある市販のビデオカメラには負けません。
        きっと迫力のある映像を残してくれることでしょう。

        それとセキュリティも万全です。
        壁は全て防音。1か所だけの出入り口は暗証番号付きの電子ロック。

        どうですか、完璧でしょ。
        ……後は小娘が来るのを待つだけです。

        楽しみですね。あなたもそう思うでしょ。