(20) 「行ってくる神楽。お母さんを頼むぞ」
澄み切ったお父さんの眼差し。
迷い・苦悩・恐怖……
あらゆる感情を捨て去った純粋な瞳が、わたしがいる方を見つめた。
違うわ。
私を……神楽を見てくれている。
お父さん?! まさかわたしのこと……?
「待ってっ! 待ってよっ!」
でも、わたしの呼び掛けに答えることはなかった。
ただ前を……一点を見据えたまま、お父さんは扉を開けた。
その途端、熱風が吹き荒れ、炎の波が獲物を探すように迫ってくる。
前衛に陣取った邪鬼の群れも、それを追い越す勢いで奇声を上げながら飛び掛ってくる。
お父さんは無言のまま、漆黒の鞘から白銀の剣を抜いた。
天を突くように切っ先を真上に向ける。
荒らぶる炎と邪鬼の大群を前にして、力みのない優美な立ち姿。
その姿が頭上で放つ太陽の輝きと同化し、闇夜が消された。
渦巻く炎の勢いまでもが削がれる。
そして静かに風が流れるかのように、白銀の輝きを真上から真下へと引いた。
「……邪鬼斬滅」
凛として厳粛なお父さんの声。
その声に呼応するように、剣から生まれた白銀の三日月が宙を駆けた。
渦巻く紅蓮の炎を蹴散らし、猛スピードで本殿に近づく鬼の大群が瞬時に消滅する。
「お父さん。ううん、春夏秋冬四巡、お母さんの分まで頼んだわよ」
鏡を手にしたままの姿で、お母さんは床に横たわっている。
その人形のように動かない身体に両手を添えて、わたしはお父さんを目で追った。
左右からも挟み撃ちするように邪鬼の群れが襲い掛ってくる。
それを振り向きざまに左、右と剣波を繰り出しては、一瞬で消滅させていく。
「羅刹よ、四巡が手にしているあの剣は?! ……うぐっ、信じられん」
「ぐぅぅぅっ、ばかな……奴は霊力を使い切っておるはず。それが何故あのような強力な霊気を携えて……わからん」
魔剣のひと振りで消される鬼の群れに、残りの鬼たちに戦慄が走る。
でもお父さんは、そんな姿を気にすることなく鬼の本隊が待ち構える山門へと歩みを進める。
「ええいッ、羅刹、考えるのは後回しだ。まずは四巡を葬る。これが先決ぞ」
「ま、待て阿傍。くッ、早まりおって……」
阿傍の部隊が炎を吐く鬼の頭を先頭に突入を掛ける。
それを追うように羅刹の部隊も後に続く。
「行けぇぃッ! 怯むなぁッ!」
(ウガガガガァッッ! グゴォォォォッッ!)
両足が宙を飛ぶ。両腕も追いかけるように飛ぶ。
男の下半身も飛んで、おぞましい肉棒の群れも続いた。
そして、その一群の中にはお母さんを弄び犯した憎い鬼の姿も。
「邪鬼斬滅……」
振り下ろす剣から発する眩い白銀の弧。
突き進む光の波が、お父さんを目掛けて炎を吐き出した鬼の頭を飲み込んでいく。
逆流し自らの炎に包まれて焼き焦がされていく。
絡み合い爆発を繰り返す渦巻く炎と光の渦。
その中で切断され粉砕される無数の鬼の肉体。
でもお父さんの目には、そんなモノ映っていない。
揺るぎない視線がぶつかる先、目前に迫る2体の鬼、阿傍と羅刹。それを取り囲む邪鬼の集団、それだけ。
(グギャァァァッッ! ウゴォォォォッッ!)
その時、背後から奇声が上がった。
炎の壁を突破した数体の肉の棒と頭のない鬼が、火だるまになりながらもお父さんを目掛けて突進をかけてきた。
「危ないっ! 後ろっ!」
思わずわたしは叫んでいた。
だけどお父さんは動じない。
踏み込む右足に紫紋入りの紫袴が鮮やかに映える。
風を起こすように上体を捻ると、白刃が真横に流れていく。
ブスッ、ジュブッ、ブスブスブスッ……
空中で整列したままスライスされる肉の棒。
それを盾に利用して瘤の浮き上がる両腕がお父さんを絞め殺そうと伸びてくる。
「お主をこの手で殺れるとは……天上神に感謝申し上げる」
シャキンッ……グスッ、ジュブゥッ!
左に向けた刃が手首の返しと共に斜め上へと切り上がる。
上がると同時に刃が下を向き、風を切り裂くように振り下ろされた。
棍棒のような肉棒が寂しく宙を舞い破裂する。
全身を筋肉の鎧で覆われた巨体が、背骨を基準に一刀両断される。
「お母さん、見て。あの憎たらしい鬼をお父さんがやっつけてくれたよ」
わたしはお母さんに話しかけていた。
「おのれぇッ、四巡覚悟ぉッ!」
「我ら刺し違えても、四百年の恨み晴らしてくれようぞぉッ!」
血走った眼で我を見失い突き進む、鬼の本隊。
大胆にもその正面にお父さんは立ち塞がっている。
白銀に輝く隠滅顕救の剣を天高く掲げたまま微動だにしない。
「涼風の御魂よ、我に力を……我に破邪の霊力を……はあぁぁぁッッ! 邪鬼斬滅っ!!」
そして、鬼の大集団を目指して大きく踏み出した。
目前に迫る阿傍・羅刹を目掛けて剣を振った。
溢れだす霊力を全て放出させた。
空を駆ける白銀の三日月。
その弧が天空を覆い更に輝きを増していく。
本殿がガタガタと揺れた。
大気が振動して大地も共鳴した。
ウグゥゥッッ! グギィィィッッ! グギャァァァッッ!
青白く光る剣波に両断され、爆風に焼かれ砕け散る鬼の肉塊。
巨大な三日月が無数の邪鬼を道連れにしながら、阿傍と羅刹の部隊を真っ二つに引き裂いていく。
「はあぁぁぁッッ! 三鈴、我に今一度の力を! 邪気鏡殺陣!!」
「お母さん?!」
光輝く剣が、天空に線を引くように右から左へと流れていく。
そのお父さんを支えるようにして立つお母さんの姿を、わたしは見た気がした。
夜空を流れる聖なる光の河。
それが大爆発を誘発しながら残る鬼の群れを全て粉砕し、消し去っていく。
「羅刹ッ、羅刹ッ。どこだぁっ? どこにおるっ? 目がぁっ、目をやられたぁっ!」
「くぅぅぅッッ! 四巡。やりおったな。だが我らは負けん。この世に憎悪の情念がある限り我らの源になろうぞ。ぐははははっ」
炎と光。立ちこめる爆風の中から、地響きのような鬼の声が聞こえた。
やがて全てが消滅し、夜空に星々の輝きだけが残されたとき、わたしは思った。
全てが無に還り、また新しい闘いが始まると……
そのときはわたし、神楽もお手伝いするからよろしくねって……
こうして5年前の哀しい出来事は幕を閉じた。
お父さんは、この涼風の社を守護し伝説の鬼の集団を壊滅させることに成功した。
でも、その犠牲はわたしたちにとって計り知れないほどの代償を伴うものだった。
春夏秋冬四巡は持てる霊力のほとんどを失った。
鬼をなぎ倒す銀色の三日月、邪鬼斬滅だって放つことができなくなっている。
でもそれ以上に大きな悲しみは、その身体を犠牲にしてくれたお母さんのこと……
「神楽様、子の方位に忌まわしい邪気の気配が」
「そう、北の方角ね。それじゃあ準備ができ次第行くわよ、守。
ああ、そうだ。お父さんは留守番をお願いね」
私は手早く白衣と緋袴に着替えると、帯紐のところに観鬼の手鏡を差し入れた。
そして詠唱する。
「不動にして不変の星よ。我に力を……我に屈せぬ御霊を……」
お母さん行ってくるわね……
『 時は巡りて 完 』※ 長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
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