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9月 8日 月曜日 午後0時20分 早野 有里 わたしたち3人は、負け犬のように肩をすぼめて駅へ向かって歩いていた。
気まずいのか、誰も話し掛けようとしない。
せっかくの嬉しい気分が全部パーになっちゃった。
久々にいい気分だったのに……
そう思うと、イラつくわね。
なんだか無性に腹が立ってきて、誰かに……?!
……ふふふふっ……きみがいるじゃない。
さあ、なにをしてもらおうかな……? いひひひひひッッ……!
「ねえ、有里。聞いてるの……? さっきから、なにをブツブツ呟いてんのよ」
「えっ? ああ。理佐、ごめん。そ、それで……なに食べようか……?」
慌ててキョロキョロと目を動かした。
「こうも暑いと、コッテリ系よりアッサリ系よね。
軽くピザもいいけど、ここはガツンと豚骨ラーメンでも?」
「違うわよ。もうっ、なに訳のわかんないことを言ってるのよ。
向こうで手を振っている人、有里の知り合いじゃないの?
ほらぁ、赤いスポーツカーの前に立っている人……」
「……えっ!?」「……ひッ!?」
理佐の指摘に、わたしが小さく悲鳴を上げて……
後ろで舞衣も小さく声を……悲鳴を上げて……?
どうしてアンタがそこにいるのよって、わたしが悲しい顔をしたら、舞衣も悲しい顔? をしていた。
「さあ、早く行ってあげたら。……あの格好、かなり浮いてるわよ」
理佐の指摘は充分に的を得ている。
金持ちの道楽の象徴みたいな真っ赤なスポーツカー。
真っ白なスーツに大きめのサングラス。
真っ赤な乗り物の横で、真っ白な人が大げさに手を振っている。
そして、あたしは感じた。
周囲に群がる興味津津の視線が、わたしとその彼の間を行ったり来たりしているのを……
ここは急用が出来たことにして、回れ右をすることに決める。
「有里さぁ~ん……ッ!」
お願いだから名前で呼ばないで……
「ほらぁ有里、呼んでるよ」
「……うん」
わたしは理佐に引きずられるようにして、真っ赤なスポーツカーに近づいた。
「はじめまして。私、副島と申します。
あなたたちは、有里さんのご友人でいらっしゃいますか? それは、それは……」
副島は頼んでもいないのに自分の方から名乗りでると、理佐と舞衣の顔を交互に見比べた。
咄嗟にわたしは、副島の視線を遮ろうと前に立ち塞がった。
ところで理佐、目にハートマークが浮かんでいるよ。
さっきのかなり浮いてる格好って発言は、なんだったのよ!
それに比べて、舞衣はどうしたのよ?
肩が震えているじゃない。それに顔色も悪い。……怯えているの?
「あのぅ……副島さん。有里とはどういう関係なんですか?
……まさか、深い仲ってことは……?」
理佐は、わたしを押しのけるようにして副島に話しかけている。
「さすがは有里さんのご友人。察しが早いですねぇ。
ええ、彼女とふたりきりで過ごす時は『有里』『徹也』と、ファーストネームで呼び合う仲なんですよぉ。ねえ、有里ぃ」
「……ううぅぅッ……ううッ……」
「ちょっと有里、犬みたいに何唸っているのよ。お腹でもすいたの?
でも驚いたわね。有里はこの手の分野には、かなりの奥手だと思っていたのになぁ。
まさかアタシより先に彼氏が出来ていたとは……
ねえ、舞衣もそう思うでしょ」
「……私は……そのぉ……有里……」
理佐の呼び掛けにも舞衣は顔を背けて、時々すがるような視線を副島に送っている。
……!?
まさか、副島との秘密を舞衣は知っているの?
……ううん、そんなことあるわけないじゃない。
ていうか、あって欲しくなんかない。
それよりも、舞衣の体調の方が気になるわ。
顔から血の気が引いて、唇まで真っ青!
……貧血……かな? だったら早く手当てしてあげないと!
「ふーぅ……舞衣、理佐、ごめ~ん。
わたし……徹也さんとドライブすることにしたから♪ お昼のランチは、また今度ね。
……ああそれと。理佐、舞衣を頼むわね。ちょっと具合が悪そうだから……
どこか涼しい所にでも連れて行ってあげてね。
それじゃぁ、舞衣、理佐……バイバ~イ♪」
どうせ今日の運命は決まったも同じ。
わたしはご機嫌を装って両手を振ると、真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ。
「……徹也さん、行きましょ♪」
「有里……」
舞衣がそれでも何か言いたげに、副島とわたしに交互に視線を送った。
「有里、彼氏とのドライブ楽しんできてね。バイバイ。
副島さんも有里をよろしくね。さよなら~♪ ……さあ舞衣、行くわよ」
理佐は舞衣の手を引っ張り、近くのカフェへと入っていった。
……これで、良かったんだよね。
「有里様も変わりましたねぇ。ご自分の方から、私をお誘いになるとは……」
「そんなことより、早く車を出してよ」
わたしは、座席に深く身体を沈みこませると下を俯いた。
「……で、どこをドライブ致しましょうか?」
「どこだっていいわよッ!……だから、早く車を動かしてッ!」
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