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ありさ 割れしのぶ  最終章



  
                                          


【最終章】


        
        ちょうどその頃、浜の方では誰かが沖に向かって大声で呼んでいた。
        だが、その声は潮騒で打ち消され、俊介たちに届くことはなかった。

        浜辺に立って叫んでいたのは、俊介の伯父と駐在であった。
        そしてその横には、屋形の女将と男衆の北山の姿もあった。

        北山は喉が張り裂けんばかりに大声で叫んでいた。

        「ありさはん!俊介はん!早まったらあかんで~!!はよう、こっちへ
        戻って来んかい!女将はんがなあ、あんたらの恋を許すてゆ~てはるん
        やで~!丸岩はんもありさはんの心意気には負けたゆ~たはるんやで
        ~!せやから、死んだらあかんのや~~!!死んだらあかんでぇ~~
        ~!!」

        しかしいくら有りっ丈の声で呼んでみても、ありさたちには届かなかっ
        た。

        「これはぁダメだ。 うらぁぁはすぐに、漁師に舟をぉ頼んでくるわ! 」

        浜から呼んでも無駄であると判断した駐在は、慌てて網元の元へ走って
        行った。

        ◇

        「う・・・うう・・・ありさぁ・・・」
        「しゅ、俊介・・・はん・・・」

        次第に薄れ行く意識の中で、ありさは俊介と出会った高瀬川でのできご
        とを思い浮かべていた。

        「あの時はおこぼの鼻緒を・・・なおしてくれはって・・・おおきにど
        したなぁ・・・。俊介はんと出会えて、うち、ほんまに幸せどしたわぁ
        ・・・」
        「ぼ、僕も・・・君と出会えて・・・とても幸せだったよ・・・。
        だ・・・だけど、できることなら、い、生きて・・・君を幸せにしてや
        りたかった・・・」
        「いいえ、うち・・・今でもこうして俊介はんと寄り添えて幸せどすぇ
        ・・・あの世でいっしょに・・・なりまひょうなぁ・・・」

        死の瀬戸際と言うのに、ありさの表情には苦しみの表情もなく、実に穏
        やかなものであった。
        やっと自由を得た歓び・・・
        とこしえの愛を得ることのできた歓び・・・

        ありさの瞳が閉じ、動きがピタリと止まった。
        その時、ありさの懐(ふところ)から色鮮やか蛤貝が水面にポトリとこ
        ぼれ落ちた。
        それは愛する俊介から貰った大事な大事な贈り物・・・

        息が絶える直前まで肌身放さず大切にしていた貝紅であった。
        貝紅は寄せては返す波に吸い込まれ、水中へと消えていった。


        【ありさ 割れしのぶ  完】







野々宮ありさ
 





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