闇色のセレナーデ 最終話 少女とおじさんと、白いパンティー 2015/12/27 18:00.00 カテゴリ:闇色のセレナーデ 【最終話】すべてが終わった。卓造はパンパンに膨らんだビジネスカバンに、同じくめいっぱいに膨らんだリュックサックを背負い、空いた片方の手には、破れそうなほど詰め込まれた紙袋を二つぶら下げた出で立ちで、20年間通い続けた職場を後にした。見送る者は誰1人としていない。2階3階の窓から好奇な目で覗いている輩が、数人はいたように感じたが、敢えて気付かない振りをした。「会社、辞めちゃったの?」「ああ、やめた」たった1人で出迎えてくれた少女に、卓造はぶっきらぼうに答えていた。「どうするの? これから」セーラー服の少女は、卓造の手から紙袋をひとつ奪うと先導するように歩き始めた。「うーん、そうだな。これから職安へ行って、新しい働き口を探すしかないだろうな。このままだと、飼い猫のミニィまで養えなくなっちまう」「ふ~ん、大変なんだね、おじさんも。でも、こんなヨレヨレ営業マンを雇ってくれる会社なんて有るのかな? 今の会社でも、『窓際さん』だったんでしょ?」纏わりつく少女は、ヅケヅケとした物言いで悪びれもせずに話しかけてくる。「だったらさ、キミのお父上様にでもお頼みして雇ってもらおうかな? 草むしり、トイレ掃除、交通整理、社内の揉め事、みんなまとめて引き受けてあげるからさ」「それって、本気なの?」「ああ、大本気さ。生きていかなくっちゃ、いけないからね」卓造はストライドを拡げると、少女の隣に並んだ。偶然を装って肩をひっ付けようとしたら、ぶら下げた紙袋がジャマをする。「ふ~ん、ふ~ん……それなら頼んであげてもいいけど、条件があるの」「条件? なんだよ、それ?」不意に少女の足が止まった。卓造の足も止まる。目の前の横断歩道の信号が、それに合わせて青から赤に変わった。「あのね……『私、佐伯卓造は、小嶋千佳を心から愛しています。飼い猫のミニィと一緒に彼女と同棲します』って。宣言してみせてよ。大きな声で」「ここで? それをやるの?」「うん。しないのなら、頼んであげない」見つめる少女は黒い瞳をクリクリさせたまま、悪戯っ子の笑みを作った。ただし、その笑みは次第に薄れていき、哀しいくらいの真っすぐな眼差しが取り残されていた。「わかったよ、千佳。宣言する。いや、宣言させてくれ」卓造は鼻の穴を拡げて大きく息を吸い込んだ。声帯をこれでもかと震わせて、想いを詰め込んだ声を吐き出した。横断歩道の信号が、また赤から青に変わった。あっけに取られて顔を向ける歩行者に祝福されて、卓造と千佳は足取りも軽く歩き始めた。触れ合う紙袋と紙袋を触れ合せて、通じ合う心の中の手のひらと手のひらを恋人繋ぎしてみせて。「藤波の妹さん、無事にアメリカに着いたって。付き添って行った藤波さんから連絡があったわ」「そう、良かったじゃないか。渡航費から向こうでの手術代は結局、和也君が自腹を切って払ったんだってね。メチャクチャなワルだったけど、一応、筋は通したんだ」「うん。あんな男でも、一応、千佳のお兄さんだった人だから。今頃なにをしてるのか知らないけどね」駅前の繁華街を通り抜け、子供たちの歓声で沸く市民公園の前に差し掛かっていた。卓造にも千佳にも、辛い記憶でしかない処なのに、なぜだか切ないモノを感じた。「ところで、さっきの仕事の件だけどね。卓造にぴったりの役職は何かなって、考えてたわけ」「ふ~ん……それで、窓際族候補&ヨレヨレ営業マン向きの職場は見付かった?」『おじさん』から『卓造』に呼び名が変化しても、卓造は気にも留めない。当然と言った顔付きで、千佳に続きを促した。「こんなのは、どうかな? 『小嶋技研副社長付き、見習い秘書』ってところで」「はぁ、なんだいそれ? この俺が秘書だって? 無理だよ、そんなの出来っこないだろ。きっと新しく就任した副社長にどやされて、早々にお役ご免にされちまうよ」「そうかな? わたしとお父さんでビシビシスパルタ教育するから、きっと凄腕の秘書さんになるのは保証済みなんだけど」「ビシビシのスパルタねぇ……でもなぁ、現役女子学生の商品保証だけじゃなぁ」卓造がお手上げを示すように、間の抜けた声をあげた。千佳が聞き耳を立てるように首を傾げた。そして、「えっへん」と咳払いをしてみせる。「もしも~し、佐伯卓造君。その美少女現役女子学生は、あなたの知らない顔を持ってたりするのです」「へぇ、千佳のことなら、お尻の穴のシワの数までチェック済みだと思ってたけど。他になんかあったかな?」「も、もう! こんな処でなんてこと言うのよ。ほら、小さいお子様がこっちを見てるでしょ。それよりも、う~ん、焦れったいんだから。わたしはね、小嶋技研創業者の1人娘なのよ。あの人がいなくなって、只今たった1人の後継者なの!」千佳の声音は、大きくなったり、小さくなったり。終始不安定のまま、早口で一気に捲し立てられる。「へっ? ということは……?」万年真っ平らな三流営業マンでも、ビビッとくるモノがあったようだ。「もしかしてだよ。そのぉ、もしかしてだけど、副社長って……?」千佳が自分を指差して、にこっと笑った。白い前歯がキラリと輝く。「申し遅れました。わたくし、こういう者です。へへっ♪」セーラー服の少女が、胸ポケットから取り出した名刺には……?「『小嶋技研副社長 小嶋千佳』って……? ええっ! 千佳が、俺の上司?」「うん、そういうこと。卓造君、頼りにしているぞ……なんて♪」卓造の眉がピクピクと痙攣した。嬉しいけど、なんとなくゾッとして。世の中とは、生き馬の目を抜くほど厳しいモノだと思っていたのだが……ピュウゥゥッッ……!その時だった。一陣の風が渦を巻くようにして吹き付けてきた。「キャアァッ! やだぁ、ちょっと……」卓造の隣で、濃紺のスカートがふわりと持ち上がる。健康的な太股が露出して、その付け根に貼り付いた逆三角形の薄い布切れも。「おっ、春一番かな。それにしても女子学生のパンティは、やっぱり白に限るね」「ああぁっ! 見たな卓造! 千佳のパンツ、見たでしょ? エッチ! 変態! 許さないからね♪」【闇色のセレナーデ 完】目次へ