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エスカレーターの狭間で…… 最終話  エスカレーターの狭間に花が咲く?!

























【最終話】




どさぁっ! がさぁッ!

「い、いやぁぁぁぁッッッ! だめぇぇぇぇッッッッ!」

「危ないッ?! 怜菜っ!」

危機迫る甲高い声。風のように駆け抜けたしなやかな人影。
そして、目の前で折り重なるふたりの女性。
パステルカラーのワンピースの上に、水色の作業着が圧し掛かっている。

「どうして? どうして私を助けたの?」

「ごめん怜菜。アタシを許して。でもよかったぁ、間に会って……」

噛み合わないふたりの会話。
怜菜ちゃんは慌てて立ち上がると、ワンピースの女の腕をしっかりと掴んだ。
相手も、怜菜ちゃんの手首をしっかりと掴む。
どちらともなく息を合わせて、女の身体がふわりと起き上がり、俺は感じた。
ふたりの心の会話は、噛み合っていると。

「大丈夫ですか?」

そこへ若い警備員が駆け寄ってくる。

「心配をお掛けしました。でも彼女に助けてもらって、私は平気です」

「そうですか? それは良かった。ですが……!」

警備員は鋭い目付きで俺を睨んでいる。
これも年貢の納め時ってやつか。

「待ってください。あの……この人は関係ありません。その、私のことが気になったのか、付き添ってくれてただけなんです。だってこの作業着、サイズが大きくて。何とかならないかなぁって、思いながら歩いていたんです。こんな感じで……」

そう答えると、怜菜ちゃんはズボンを引き上げた。
アソコに股布が喰い込むくらいに。

「そ、そうでしたか? いや、清掃員に絡む不謹慎な男がいると通報を受けたもので……では、失礼します」

真面目そうな警備員は、踵を返すと元の持ち場へ帰っていった。
助かったのかぁ? 俺は……

「怜菜、あなたってどこまでもお人好しなのね。なのに、アタシ……」

「もういいよ。あなたが清掃員の仕事をしながら大学に通っていることを、私知らなくて。こんなに大変な作業なのに、その横を私ったら、ずっと気付かずに通り過ぎていたんだから。別に恨んでなんかいないわよ。私だって同じ立場だったらこうするかも。ううん、もっとひどいことを考えていたと思う」

「怜菜、ごめんなさい。うぅぅぅっっ」

エスカレーターに挟まれた中州の階段で、手を取り合うふたりの少女。
俺は思い返していた。どうして怜菜ちゃんが、あんなにまで理不尽な要求に従ったのかを。

そう、彼女は気付いていたのだ。嫉妬に燃える女の瞳に。
いつからか? それは分からない。
俺に出会った後? その前から?
でも確かにいえること。それは負い目。大げさに言えば怜菜ちゃんなりの贖罪。

う~ん。やっぱりこの子は絶滅危惧種かもしれない。

「ところで、おじさん」

「はい……?」

「アタシね、怜菜に意地悪をしたつもりだけど、おじさんは許せないよ」

怜菜をかばうように立つ少女は、俺を見上げると手に持つスマホをかざした。

「よぉーく撮れているでしょう。エッチなおじさんの行為がぜ~んぶね。怜菜だって、ものすごく辛くて恥ずかしかったんでしょ?」

「うん、とっても。でもおじさん、陰湿に脅迫してきたから逆らえなかったし……」

怜菜ちゃんは少女の背後から顔だけ覗かせて、哀しそうにまぶたを閉じる。

「いや、あ、あの……その……これはだな」

片言の日本語を話す俺の横を、スーツ姿の同士諸君が憐みの眼を残して過ぎ去っていく。
俺の中で、サラリーマンという言葉が音もなく崩れ落ちていく。
頭の中に、公園で生活する俺の今後が映し出されていく。

「どお、おじさん。女の子にエッチなことをして反省してる?」

「は、はい、死ぬほど反省しております。後悔しております」

「だったらさぁ……う~ん、どうしようかな? 怜菜はどうして欲しい?」

直立不動の俺の前で、ふたりの少女が話し込んでいる。
俺はその背中にギザギザした黒い羽根を見た気がした。

「それじゃあ、おじさん。お詫びにケーキを奢って♪ そこの角の先においし~い、お店があるんだ。ねえ、怜菜」

「うん、あそこのケーキ、おいしいね」

俺は連行されるように、両サイドを少女に挟まれていた。

「あのぉ、怜菜ちゃん。いえ怜菜さん、お掃除の方は……?」

「あっ! 忘れてた。残りの階段を掃除しないと」

「怜菜、任せて。アタシの方が慣れているから」

ふたりは俺を仮釈放すると、手際よく残りの階段を片付けていく。
さすがに早い。3分も経たない間に俺は再び拘束されていた。

地下街の通路を歩くはめになった俺の目に、お節予約のちらしが飛び込んでくる。
それはついさっき目にとまった小料理屋の窓ガラスだった。

俺は、前を歩く仲の良いふたり連れを見て口元を緩めた。

悪いな。季節外れの予約なら、クリスマスケーキの方がお勧めだと思うぜ。
なぜって?
簡単なことさ。今から試食に行くからさ。

「おじさ~ん、早くぅ~」

小悪魔の笑みを浮かべて手を振る、ふたりの少女。
俺も童貞を取り戻したつもりで、手を振り返していた。
ポケットの中の薄い布を握り締めながら。

【エスカレーターの狭間で…… 完】