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処置室に安らぎを求めて……























(26)


9月 10日 水曜日 午後4時  水上 千里



「……ううーん、はぁっ、はぁ……私……」

「良かったぁ千里さん……気分はいかがですか?」

「もう、水上先輩ったら……あんまり後輩を心配させないでくださいよ」

目を開いた私を覗き込むのは、心配そうな表情をしたふたつの顔。

「有里ちゃんに? ……それに茜ちゃん? ……えっ?! いっ、いやぁぁっっ!」

処置室のベッドの上で、私は小さく悲鳴を上げて身を固くした。
脳裏に焼き付いて離れない松山が、顔をにやつかせながらコントローラーを突き出してくる。

……そうだ、ローター?!

下腹部に意識を集中させてみる。

……ない。全然感じない。

膣を散々振動させては苛めた玩具の感覚を、全く感じない。
それにどうやら私は、ナース服のまま寝かされているみたい。

「ちょっと先輩、どうしたんです? どこか……痛みます?」

「う、ううん……なんでもないの。変な声出して……ごめんね」

茜ちゃんが怪訝そうな表情で私を見ている。
隣で、有里ちゃんまで。

でも、あの男はどこにいるの?
私は毛布の下で身体を強張らせたまま、ぐるりと室内を見回した。

簡易ベッドが3台と薬品棚、それに簡素な事務机。
それほど広くない処置室の中に、松山の姿はなかった。
そう、今ここにいるのは、有里ちゃんと茜ちゃん。それに千里の3人だけ。

「あの、茜ちゃん。松山先生は……?」

「先生なら、水上先輩を診察した後、入院病棟へ戻っていかれましたよ。
今日はひとりで検診しなくちゃならないって、ブツブツ文句を言いながら……うふふふっ。
でも、良かったですね。特に悪いところはないそうですよ。
疲労からくる軽い貧血って、先生が仰っていましたから」

「……そう。ところで私……廊下で倒れたときに、なにか言ってなかった?」

有里ちゃんと茜ちゃんが、確認するように顔を見合わせた。
そして、ふたり揃って黒目が天井を見るような感じで、うーんと唸っている。

良かった。彼女たちには気付かれなくて済んだみたい。

「あっ、別になにも言ってなかったら、それでいいのよ。変なこと聞いて、ごめんね。
それよりも、ふたりには迷惑を掛けたわね。
廊下で倒れた私を、ここまで連れて来てくれたのは、有里ちゃんと茜ちゃんなんでしょ?
本当は、真っ先にお礼を言わないといけなかったのに……つい、気が動転しちゃって……
改めてお礼を言うね。有里ちゃん、茜ちゃん……ありがとう」

「そんなぁ……わたしたち、たまたま通りかかっただけなんですから。ねぇ、茜さん」

「そうですよぉ。有里さんの言うとおりです。先輩。
でも、もし感謝するなら彼女の方ですよ。動けない先輩を肩に担いで……じゃなかった。
肩を貸してあげて、1階の医務室まで引きずって来たんですから。
本当は松山先生に頼もうかなって思ったんですけど、あの先生。ちょっとセクハラしそうな目つきしているから、体力がありそうな有里さんにお願いしたんです。
それにここに着くまでの間、松山先生ったらずーっとスマートフォンをいじってるんですよ。
目の前で先輩が倒れたっていうのに、ちょっと冷たいですよね。有里さんも、そう思うでしょ?」

「……うん。そうだね」

有里ちゃんは、曖昧な返事をして力なく笑った。
どうしたんだろう、彼女?
茜ちゃんは気がついていないようだけど、彼女が松山の話題に触れたあたりから有里ちゃんの表情が曇り出している。
いつもの明るくて快活なイメージとは、かけ離れた感じがする。

そういえば少し前に、松山が変なことを言ってたよね。
『近いうちに、あなたにも分かる』って……
あの言葉と、なにか関係があるのかな?

「まあ、松山先生のことは置いといて。有里ちゃんには、特別にお礼をしなくちゃいけないわね。
なにか、食べに行きましょうか? 千里お姉さんが、な~んでも好きな物をごちそうしてあげる」

「えっ? 本当ですかぁ。……でも、なんだか悪いですよ。
だってわたし……千里さんをここまで連れて来ただけなんだし……」

「なに、遠慮しているのよ。普段の有里ちゃんらしくないでしょ。
ただ、今度私が倒れたときは、引きずりだけは勘弁してね……うふふふっ♪」

「はい、次は気を付けます。その代わり千里さん、どんどん貧血起こして下さいね。
このわたしが丁寧に運んで、そのたびに絶品料理をごちそうしてもらいますから……うふふふっ♪」

有里ちゃんが笑ってる。
やっぱり、彼女には笑顔が一番良く似合う。

「ちょっと水上先輩。アタシも協力したんだから、なにか食べさせて下さいよ。
有里さんだけなんて、ずるいです」

「茜ちゃんには、今日のお昼、ランチをごちそうしたでしょ」

「それはそうですけど……あれは別件の分ですぅ」

茜ちゃんが不満そうに、ほっぺたをぷぅっと膨らませている。
うーん。私って、年下の女の子と相性がいいのかな。
ここにはいないけど、吉竹舞衣ちゃん。そして早野有里ちゃんと榊原茜ちゃん。
わずか半月で、妹が3人も出来ちゃった。



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