闇色のセレナーデ 第27話 薄れゆく闇色 2015/12/24 20:00.00 カテゴリ:闇色のセレナーデ 【第27話】「おい! 終わったなら、チカからさっさと離れろ! 次はワシが相手をする番だからな」しかし愛する者どうし、身も心もひとつになれた一時を、しゃがれたオヤジ声がジャマをした。卓造の肩に緒方が手を掛け、引き剥がそうとしたのだ。「嫌よ! わたし、こんな男になんか触られたりしないから。絶対にお断りよ!」緒方に揺さぶられても、卓造はてこでも動かなかった。その上、目の前で生々しいセックスに興じた美少女が、目を吊り上げて拒絶の声をあげる。「なんだと、チカ! この淫売女がよくも……ええいっ、来い! こっちに来るんだ!」業を煮やした緒方は、頭に血を昇らせていた。千佳に覆い被さる卓造の脇を潜りぬけて強引に腕を伸ばすと、直接少女の肌に触れようとした。ビシッ!「うぅっ! よくもぉ、こざかしいマネを!」そして清らかな肌に触れる瞬間だった。緒方の腕は、卓造によって払い除けられたのである。「くそぉっ! 離れろ! チカから離れるんだ!」「うぐっ……んがぁっ……」肉がひしゃげる嫌な音が、立て続けに何度も響く。そのたびに、卓造の唇から押し殺した呻きが上がった。小嶋技研副社長のメンツまでもかなぐり捨てた緒方は、もはや社会人としての見境を完全に失っていた。力任せに、卓造の脇腹を蹴り上げていたのである。「ヤメテ! この人にひどいことをしないでっ! 蹴るならわたしを……キャアァッ!」今度はわたしの番だと、千佳が卓造を庇うように進み出てきた。その少女の裸体を、殺気だった緒方が容赦なく突き倒す。そして尚も足蹴りを続けたのである。数十回、いや、百回近く残酷な肉音が続いただろうか。呼吸を荒げた緒方がようやく足を止めた。その先には、ボロ雑巾のように痛めつけられ身動きが取れない卓造が、息も絶え絶えになって転がっている。「はあ、はぁ……どうだ、思い知ったか? この三流営業マンが!」緒方は勝ち誇ったように、捨てゼリフを吐いた。両肩で息をしながらも血走った目を大きく見開くと、次の獲物を千佳に定めたように首を曲げた。「鬼! 悪魔! アンタなんて人じゃない。近付かないで!」まるでクモの巣に掛った美しい蝶のように、千佳はもがいていた。女の恥じらいよりも迫りくる恐怖を優先させた肢体は、股をM字に開いたままでジリジリと後退させる。卓造と繋がり、本当の愛を知った花弁も晒して、5ミリ……1センチと獣染みた男から逃れようとする。「なんだワシとセックスするのが、そんなに嫌か? マンコから汚らわしいモノを垂れさせおって……ふんっ!」鼻を鳴らした緒方の目が、千佳の股間に注がれる。その恥肉の狭間からは、ひと筋ふた筋と湧き出したように白い液体が流れ出していた。卓造からもらった命がけの愛の証が……「お前はワシの女だ。そのマンコもワシの所有物だ。そうだ、これからはワシのザーメンしか許さんからな」「ヒィッ! キャァァッッ!」まるでゾンビのように、緒方の両腕が伸ばされる。けれども、助けてくれた卓造はもういない。千佳は、身を縮込ませて絶望の悲鳴をあげた。「よしましょうよ、副社長。いえ、緒方さん。もう……終わりましたよ」その瞬間だった。背中から聞き慣れた声が弱々しく響いて、伸ばされた腕が止まった。カギ爪の形をさせた指先が、千佳の肌に触れる寸前でピタリと急停止したのだ。「なんだと……?」当然のように、緒方は振り返っていた。獲物を逃さないように腕を突き伸ばしたままで、首から上を捻り曲げていた。「だから、終わったんですよ……何もかもがね」そんな男に向けて、振り返った先に立つ和也が投げやりな声をあげた。らしくないほど顔を青ざめさせて、2歩、3歩とつんのめるように歩いた後、がっくりとヒザを落としてしゃがみ込んだのだ。そして、その背後に立つ人物を目にした緒方は……?「な、なぜ……アナタがここに……?!」唸るように呟いた後、へなへなと腰を砕かせて和也の隣でひれ伏していた。小嶋技研代表取締役『小嶋啓治』初老の域に差し掛かったその男が姿を現し、淫獄な世界はあっけなく終わりを告げた。東京へと向かう新幹線のホームで和也から急用を告げられ、小嶋は不審に感じていたのだ。少なくとも血を分けた父と息子である。以前から薄々と感じていた奇妙なわだかまりにプラスして、平然と話しかけてくる和也の声音にウソの匂いを嗅ぎ取っていた。裸一貫で会社を起こした、野生の勘も働いたのかもしれない。その結果小嶋は、急遽東京行きの出張をキャンセルすると、和也の後を追うように本社へと戻ってきたというわけだ。あられもない千佳から全てを聞かされた小嶋は、烈火のごとく激怒した。副社長である緒方は、自己都合の形式を取らせて即日解任。実の息子である和也に至っては、懲戒解雇の上、親子の縁まで切る厳しさである。もっとも、刑事告訴までしなかったのは、厳しさの中にも親子の情愛が残されていたのかもしれない。あるいは、仮に事件が公になり娘の千佳への影響を慮ってのものだろうか?更に言えば、経営者としての顔も滲ませてのことだろうか?目次へ 最終話へ